FC2ブログ
2019年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2011.08.12 (Fri)

そうだ、沖縄へ行こう! 03。



県庁前駅を降りると、国際通りと県庁があります。
とても大きな建物だな、と思いました。
あとで調べてみると、この県庁舎は黒川紀章さんが設計したんですね。
どうりで、唐突な建物の誕生だったわけでwww。
同地には戦前には戦前の県庁庁舎があり、戦後には琉球政府の庁舎があったそうです。



県庁を右手にみながら、正面に、沖縄観光で有名な国際通りがあります。
この国際通り、やたら長い。かつ直線なものですから、新潟競馬場かここは、と突っ込みたくなるほどです。
全長で1.6キロメートルあるそうで、戦後復興の姿と重ね合わせた時、「奇跡の1マイル」とも呼ばれているそうです。
この国際通りの名前、その由来は戦後占領期にあります。
詳しい理由は、国際通りホームページの詳細を読んでいただきたいと思いますが、沖縄決戦で戦死した、ピューリッツァー賞受賞者であったアーニー・パイルの名前を、現地の沖縄人が開館した映画館につけたことが、その由来になっていく理由になったそうです。
通りに存在した「アーニー・パイル国際劇場」が、やがて「国際通り」と名付けられていくことになったそうです。



国際通りに来たからには、「平和通り」をのぞかなければ、観光(?!)に来た甲斐がありません。
やっぱり、デジカメを持った観光客が多いですね。
「沖縄の台所」と言われるように、食材の豊富さは渡沖する者に驚きを与えます。
他にも、定食屋さんや、アクセサリー屋さん、Tシャツ屋さんなどもありましたよ☆



国際通りを一通り散歩した後は、ホテルまで歩いて帰ってみることにしました。
その街のことをよく知るには、歩くのが一番です♪。
面白いなぁ、と感じたのは、沖縄テレビ放送でした。
普通のマンションじゃん、と。
テレビ社屋としてもっと立派なものがあるのかなぁ-と思っていたので、少し驚きでした。

沖縄って、道が広い。
Lancers.jp
00:01  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2011.08.10 (Wed)

そうだ、沖縄へ行こう! 01。



最近、旅行の報告をしていませんでした。昨年(9月)、旅行した沖縄のことを報告します。
写真ではよく分からないかもしれませんが、実は台風が直撃した旅行でした。
羽田から那覇まで、2時間30分ほどで到着します。



ホテルまで、空港から出ているモノレールで移動します。
モノレールから見る風景は、少し台湾に似ているような気がしました。



ホテルは、楽天から見つけた「ロワジールホテル」というところを予約いたしました。
那覇駅から5個めの駅に、旭橋という駅があります。
旭橋駅を降りて、徒歩10分ほどで到着いたします。

とても、大きく広いホテルでした。
部屋に入ると、窓からは那覇軍港が見え、景色のよいところだな、と思いました。
ホテル全体もきれいで、清掃員の方たちもとても笑顔がすてきで、トレーニングの行き届いたホテルだと感じました。
ぜひ、宿泊されるホテルの候補に入れてみてください☆



沖縄に入った初日は、そのまま部屋に荷物を置き、沖縄公文書館に向かいました。

Lancers.jp
22:26  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2011.08.09 (Tue)

ロンドンの暴動はなぜ拡大化するのか。

ロンドンの暴動は、多くの人が驚いたのではないでしょぅか。
ロンドンばかりでなく、英国全体に広がりつつあり、すでに問題は英国全体の安全保障レベルまで引き上げられています。

そもそも、この暴動は、トッテナムという地域で黒人の青年が警官に射殺されたところからはじまります。このトッテナムという地域は、貧困層が集中する地域です。そして、この黒人の青年がなぜ警官に射殺さけなければならなかったのかというと、(もちろん、最終的に射殺してしまった責任もあると思うのですが)彼が『麻薬密売人』の可能性があったせいなのです。イギリスだけでなく、欧米諸国の貧困層地域において「麻薬」という問題は大変な重みを持っています。この部分がまったく大部分の日本人には、幸いなことに理解できません。このような地域は、元々、公権力と対立を起こしやすい地域であり、「麻薬対策」を通して「差別」問題が折り重なってしまうという意識を醸成してしまいがちなのです。それが今回は発火点となってしまいました。

しかし、問題はそれだけではないのだと思います。僕自身の推測ですが、今回の事件は、これまで潜伏していた「英国病」が発病した事件なのだと思います。

キーワードは、「階級制度を緩和させる福祉国家制度」と「欧州統合」が引き起こす「学費問題」です。

英国の教育制度は社会の階級制を根底とした中等教育を中心とする複線型教育制度を、その特徴としています。英国の教育改革の中心課題は、「教育の大衆化」というものでした。より多くの国民に教育制度に参入できる機会を増やしていくことが、与野党変わらない政策目的でした。厳然とした階級社会であればこそ、当然であったのかもしれません。

1922年、「すべてのものに中等教育を」のスローガンが労働党により掲げられました。1944年には、この政策方針を実現する「バトラー法(Butler Act)」が成立します。労働党そして保守党の戦後のケインズ型福祉国家戦略は教育投資の拡大路線を認めることになりました。しかし、拡大しつづけるケインズ型福祉国家戦略は国家財政を逼迫させ、いわゆる英国病といった社会停滞をもたらすことになりました。1978年には労働組合のストライキにより社会混乱が起きた「不満の冬」の到来により、政権は英国民の信頼を失った労働党から保守党に移り、マーガレット・サッチャーが首相の座につくことになりました。

サッチャーは英国民の福祉への依存から脱却させ、自由に個人が競争し、正当な評価を受けることのできる社会を目指して、それまでの結果の平等主義を目指す教育制度の改革に取り組むことになります。この保守党による改革の方向性を教育政策において結実化させたのが1988年の教育改革法でした。その後の英国の教育改革の先鞭をつとめる1988年の教育改革法のキータームは「競争主義」「市場原理」「集権化」です。サッチャーのあと、ジョン・メージャーが首相になりましたが、1991年白書『高等教育:新たな枠組み』および1992年の継続・高等教育法で「大学とポリテクニックおよびカレッジ間における競争の促進が、政府の望む高等教育の発展にさらに寄与する」と位置づけられ、教育の大衆化を図るなかではじめて高等教育機関を頂点とした累進的教育制度を完成させました。1990年代以降の英国の高等教育における改革ベクトルを決定づけたのは、1997年に発表されたレポート『学習社会における高等教育』です。通称、デアリング報告書とよばれます。デアリング報告書は、1)生涯学習社会への移行、2)研究・教育評価制度にもとづいた政府交付金制度の強化、3)受益者負担にもとづいた学生からの学費徴収、をその主な内容としていました。ここで、ひとつ「学費問題」というものが、新たな英国の政策課題として潜伏していくことになります。

しかし、サッチャーとメージャーが推し進めた新自由主義的教育改革は「社会格差」を問題化させ、「第三の道」という新社会民主主義路線を打ち出したトニー・ブレア率いる労働党が政権の座につくことになります。ブレア政権は重要政策課題の第一に「教育」を掲げ、1998年白書『21世紀の高等教育(Higher education for 21 century : Response to the Daring Report)』をはじめとして次々に政権関連文書を発表していきました。ですが、教育政策改革を経済政策として位置づけたのは保守党と変わりはなく、1)英国の国際競争力を向上させるために労働者の技術水準を高め、2)貧困層を経済的に自立させることを目的とした方向性に変わりはありませんでした。その意味では、教育政策の方向性は保守党と労働党では、連続化していたとみてよいのではないでしょうか。それはブレア政権がメージャー政権で作成されたデアリング報告を尊重、支持したことからも判断できます。

デアリング報告による改革の方向性は、ブレア政権において2004年に高等教育法を制定させることで継続されました。これは、大学毎によって学生の授業料を自由に設定できるようにした法律です。ただし、自由化設定によって歪んだ大学格差が生じてはならないために2003年白書によって提案されていたOffice for Faire Access(以下、OFFA)も同時に設立されました。このOFFAの創設理由は、2002年に発表された全英監査局の監査報告レポート『イングランドにおける高等教育への広範な参加』において「現実には1990年代を通じて公平な機会の提供が十分なされていないのではないか」と指摘されていたように、英国の教育改革・社会改革にはつねに「公平性」の問題が横たわっていたからです。

労働党のブレア政権が学生にたいして学費値上げと学費徴収を志向した理由は、2001年の労働党の総選挙マニフェストに答えを見出すことができます。労働党は「18-30歳の大学進学率を2010年までに50%にひきあげる」と公約しましたが、これは教育予算の大幅な増加をまねきました。同じくマニフェストで学費の値上げを行わないと決めていましたが、ブレア政権は学費値上げと学費徴収を志向・決断せざるをえなかったのです。ブレア政権の高等教育社会に向けた政策は、逆に「格差」をうんでしまうことになり、この歪んだ構造は労働党のブラウン政権を経て、政権交代後の保守党・自由民主党連立政権においても変わりがありません。そして、新政権であるキャメロン政権は、政府財政の再建を何よりも至上命題として掲げ、それは大学学費にも影響を及ぼしました。

学費問題は、「欧州統合」という視野からも問題となりました。これは英国だけでなく、欧州全体の問題となっています。

1998年5月、パリ大学創立800年を記念する式典が開かれました。そのテーマは「ひとつのヨーロッパ大学に向かって」というものでした。式典に出席していた仏国、伊国、独国、英国の教育担当大臣たちはその場で「ソルボンヌ宣言」というものに署名します。欧州市民の移動性と就職の可能性を高め、大学制度発祥の地として「知識のヨーロッパ」を再確立するために、欧州共通の高等教育圏を構築するための宣言書でした。ヨーロッパの教育担当大臣たちは翌年に伊国のボローニャに集結し、ソルボンヌ宣言の方向性を引き継ぎ、2010年までに欧州共通の高等教育圏(European Higher Education Area : EHEA)を構築する声明を発しました。「ボローニャ宣言」と言われます。これは、欧州内の高等教育制度を同一化し、欧州全体を学生や教師たちが自由に移動する教育・研究の舞台として再設計することを目指した宣言です。競争激化が止まらない世界化のなかで、勝ち残っていく競争力・付加価値を獲得するために、また、「欧州の教育」の本性を取り戻そうという決意を、欧州統合化の中で政策課題として提議したのです。

しかし、このチャレンジは、欧州全体に「学生による蜂起」を促すことになってしまいました。この改革は、各国で「公立」大学を「法人化」させることに繋がっており、極めて無償性に近かった学費制度を政策転換してしまいました。各国では、「学費値上げ反対」を訴えた過激な学生デモが現在まで問題となっています。


このように、今回の英国のロンドン暴動は、すでにその原因が潜伏しつづけていたのです。それが、「貧困問題」「差別問題」「麻薬問題」「階級問題」「赤字財政」「景気対策」「学費問題」という複数の原因がリンクしあい、暴発してしまったというのが、暴動事件の本質でしょう。来年には、ロンドンでオリンピックが開かれますし、これ以上放置しておけば、IRAの問題までにも火がつきかねません。これは、英国の社会特質の問題ですが、安全保障問題でもあります。英国中央政府は、キャメロン首相をはじめ、「国家危急の事件」と受け止めて対処にあたらなければ、暴動はますます拡大化していくでしょう。

財政再建を図らねばなない一方で、景気回復のために公共投資を拡大化させ、
国民の生活自立意識を高める一方で、貧困層への福祉制度を充実させ、さらに中間層の税負担への不満を緩和させる、
この矛盾に満ちた政策課題を一体どのようにして解決しようとするのか、キャメロン政権に英国の興廃のすべてがかかっています。
Lancers.jp
17:01  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2011.01.01 (Sat)

そうだ、伊勢へ行こう! 4





2日目は伊勢神宮内宮へと向かいます。
JRは1時間に1本しか来ないので(。・ω・。)、近鉄線に乗って、鳥羽駅→五十鈴川駅へ行きます。
五十鈴川駅を降りて、徒歩10分くらい先に、昨日参拝した『月読宮』があります。
このお宮を先に参拝いたしました。

昨日参拝した外宮別宮の月夜見宮の月読尊と同じ神さまが祀られていると言われます。

ご縁のいいことに、朝から儀式に出くわすことができました。参拝客が静かに見守る中、儀式は進んでいきます。心が洗われます。

しかし、ひとつ気にくわなかったことがありました。それは、神職の見習いの学生さんなんでしょうが、働いていた方がピアスとかをつけていたことです。

個人がどのようなファッションをしようがまったく構わないし、僕自身もアクセサリー類を身につけるので、ピアスに対して抵抗感はないのですが、しかし、少なくとも神さまの前にお仕えするときは、そういうものは外すべきだと思います。少し残念でした。。。

お宮の前でタクシーを拾い、伊勢神宮に向かいました。

Lancers.jp
18:29  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.12.09 (Thu)

ご縁と名刺。


そろそろ、今年お会いした方々の名刺を整理しなきゃいけないな、と思い始めている今日この頃です。

積み上げたら、だいたい1200枚強。名刺を頂いた方には、お礼のお手紙を書いているので、一年間で書いた手紙の枚数もそれくらいになるのだと思います。

(字が汚いのは横に置いておいてw)



そして、きょうは人材育成・企業経営指導の大人である田口佳史先生の勉強会に行ってきました。改めて、老子の思想を勉強し、『統べる』という原点を見いだしました。とても、深い充実した勉強会だったと思います。



ぼくの横の席には、竜馬のように熱い志で國をよくしていこうという超党派政策集団である『竜馬プロジェクト』の全国会会長である神谷宗幣さん(吹田市議会議員)がおられました。もちろん、名刺交換させていただきましたが、こういう出会いの重なりである“ご縁”は大切にしなければならないな、と改めて想い至りました。



この田口佳史先生の勉強会に出たからこそ、お会いできたのですが、この勉強会に出れたのも、自民党政経塾の懇親会に【たまたま】参加したときに【たまたま】お隣にいた方と意気投合し、お誘い頂けたからです。



“ご縁”の不思議さには、本当に驚くばかりです。



こういう偶然性は『必然』なのである、という意識を大切にしていきたいと思います。
Lancers.jp
01:20  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.11.25 (Thu)

台湾より帰ってきました!





台湾より帰ってきました。今回の第5回台湾研修旅行は、かなりハードでした。



台湾研修旅行の詳細は、手元に参加者の皆さんが各自で撮られました写真が手元に集まり始まり次第、少しずつ報告していきます。



今回はぜんぜん買い物をする時間がありませんでした。自分には、台北市長選挙の候補者事務所で買ったTシャツくらいなもんです(笑)



それにしても…李登輝先生は今年で90歳とは。。。

Lancers.jp
02:18  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.11.18 (Thu)

【競馬事始め】こんなの読んでる。



小栗忠順に仕える富樫裕三郎が、アメリカからグリーンアベニュー号というアラブ産馬を連れて帰り、幕末の流れに翻弄されながら、やがて日本の競馬界をつくりあげていく物語り。



張先の台湾で読み終えることができるかな?


【紹介ページ】
http://tinyurl.com/23at494

アメリカから連れ帰ったアラブ馬の世話をする富樫裕三郎には悲願があった。郷里・三春に残してきたりんとの恋、そして本邦初の競馬場の建設であった。しかし、幕末という時代は、そんな彼をも動乱のなかに巻き込んでいく…。横浜からパリロンシャン競馬場、そしてドイツバーデン・バーデンまで、現地取材と綿密な歴史考証を駆使して書き上げた巨編・幕末秘話。
Lancers.jp
03:55  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
PREV  | HOME |  NEXT