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2008.12.09 (Tue)

ヴェネツィア共和国から考える“経営と資本”の関係性

金融混乱が世界中に広がる中で、直接金融というシステムそのものが否定されているように思えます。しかし、果たして安直に金融システムそのものを否定してよいのか、結論を出すにはまだ早すぎるのでないでしょうか。多くの観点から議論を深めていかなければならないテーマでしょう。今日は『経営と資本』の関係性というものを考え直してみたいと思います。

『経営と資本』というテーマの中でまず取り上げるべきは、『担保』というキーワードです。この意味では世界史上、その金融に支えられた経済活動と徹底した現実主義で混乱のヨーロッパをナポレオンが登場するまでひとり生きつづけたヴェネツィアを扱うとよく理解できると思います。かつて『エコノミックス・アニマル』と評された日本ですが、経済の獅子という意味ではヴェネツィア共和国のほうが数段上手をいっていたのではないでしょうか。『ヴェネツィア株式会社』と名づけた方がよい国家であると思います。この経済で世界を牛耳った国家は、意外にもその民間企業の経営と資本に関して、合理的で近代的な、中々現代にも通じるようなシステムを作り上げています。


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まず前提として今回の例示はあくまでも『アドリア海の花嫁』という異名をとったほど海によって栄えたヴェネツィアですから、商船経営の分野に関してお話させて頂きます。ヴェネツィアが経済大国として栄えたひとつの理由として、資本を持たない者でも、その気になれば経営活動に参加できたという点です。起業文化がきちんとシステムされていた、といえます。具体例をあげれば、大別してふたつほど挙げられます。

ひとつはプレスティト・マリッティという融資制度です。これは短期間の融資制度でしたが、利子は年に2割でした。現在でも契約の際の遅延損害金は年率15%ほどですから、あまり変わりはありません。決してひどく高い利子ではありません。なぜなら、最初お金がまったく無くても、借りたお金で無事航海を終えた時に船に満載した積荷を売り払えば元金とともに利子も払え、自分の利益も出ますから、これは短期融資でも起業を支えた大きなシステムのひとつでした。

もうひとつのシステムはコレンガツァといいます。ジェノヴァではコンメンダといいます。『共通の利益目的をもつ者たちがそれぞれの能力を捧げて結成される集団』と訳せるかもしれません。今の会社組織のはじまりだと思っています。言葉の意味は、連帯とか紹介・推薦などという意味です。この制度は決してヴェネツィアがはじめて創造したシステムではありませんでした。古代からすでにありましたが、それらは専ら血族間で交わされていました。これを血族間のみならず、同国人までに広げたのがヴェネツィアだったのです。システムの説明をすると、契約の仕方でふたつに分かれます。

第一は、資本家が全資本の2/3を出資し、経営者は1/3を出資します。利益は必要経費を除いた後で、資本家と経営者が利益を折半するという方式です。

第二は、資本家が全資本を出資し、経営者は資金ゼロでも構わないシステムです。この場合、利益に関しては資本家が3/4、経営者が1/4という配分になります。

これは至って公平なシステムだったと思います。なぜならば、何も経営者はひとりの資本家のみと契約するのではなく、複数の資本家と契約を結ぶのが通例だったからです。だとすると、資金ゼロでも志ひとつで商売を志すものにとって最上のシステムでありましたし、資本家側にとっても色々な経営者に対して資本を提供するわけですから、リスクを分散させることができたからです。またこのリスク分散というものは、別の視点でみれば多角経営である言うことが出来ます。ひとつのプロジェクトが終了すれば、このシステムは解散する形でしたから、保険制度がない時代としてはいたって効率的なものだったと思います。

また見逃しては成らない効果があります。経営者として携わるのも気がひけるが、資本家として大金も持っていないという一般大衆の投資を呼び込んだことです。小さな額でも集積すれば大金になります。個人投資の活性化がこのシステムで図られていたのです。自然と、国家の活動が活性化するのは当然だったでしょう。これらのシステムが14世紀半ばまで続くのですから、今考えると大変な驚きを覚えます。現在の投資システムでもここまで起業を支えるようなシステムは中々ないと思います。

現在の会社制度では基本的に経営者がある程度の資本をもっていることが当然だといえます。しかし、どんな大企業でも最初は小さなベンチャー会社です。社会がもっと個人・小額単位から盛んに投資を出来るシステムを作ることは、アメリカからはじまった世界経済の崩壊によって直接金融という文化そのものが否定されはじめている現代ですが、やはり国家の活力を生み出すために必要な政策であると思うのです。問題はやはり資本主義という荒れ狂う嵐の中でも、けっして立ち倒れることのない朗かな魂をもつことなのではないでしょうか。それこそが、資本主義の哲学の本質だと考えています。






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