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2008.12.07 (Sun)

朗らかに、清く正しく美しく

阪急の創業者であり、宝塚歌劇団の生みの親である『小林一三』を今日はボクの尊敬する人物として紹介したいと思います。

女性だけの出演者による歌劇・舞踊団で、これだけの歴史を持っている人気芸術集団というのは、世界でも珍しい存在だといえます。今では、その付設の宝塚音楽学校(前進は1919年に創られた宝塚音楽歌劇学校)は「東の東大、西のタカラヅカ」と呼ばれるほどの難関校となりました。


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しかしながら、宝塚歌劇団というのは実は経営の「失敗」から生み出されたのが本当の誕生理由なのです。小林氏が日本でヘルスセンターとして始めて創った宝塚新温泉パラダイス(すごいのが、この時代の常識であるんですが、この施設は温泉と遊園地と博覧会スペースという玉石混交の状態☆)内の室内水泳プールが失敗して、その代替策として三越さんが成功していた少年音楽隊の『マネ』をしようとしたのが誕生理由でした。最初の名前は『少女歌唱隊』といいます。

その歴史を改めて説明するほどでもありませんが(この歴史も面白いのだけれども、1冊の本が出来るのではないかというくらい長いなが~い内容なので、知りたい方は・・・また個人的に☆)、阪急・東宝グループに多大な貢献をしてきたことだけは間違いありません。

その大グループの経営者である小林一三さんをボクは大変尊敬しています。宝塚歌劇団は当初世間のヒトから「不調和」「非芸術」「変態」といった批判を受け続けました。この背景には大衆娯楽がずっと「水商売」として軽視され続けたことがあります。しかし、小林さんはそういった偏見に立ち向かい続けた事業家であったといえるでしょう。「新聞屋」「広告屋」「活動屋」などあだ名を付けられ続けても、この国の都市・娯楽という領域を事業として再編した偉大な功績を残しました。

確かに、宝塚歌劇をグループの百貨店業や不動産業・鉄道業に合理的に利用し尽くした経営であった、という批判もあります。ですが、彼の「メセナ」的経営の真髄には都市生活文化の再編と田園都市国家の建設というものが常に存在していました。

大正十五年一月三日号の「阪急毎朝新聞」の中の「阪急だより」に小林氏は「我々が面倒くさい、食堂やマーケットを直営にしたり、市内編入区域の電灯料を市と同一に引き下げたり、宝塚に於いて低廉なる娯楽を提供するのは、単に乗客吸収策といふばかりではない、所謂共存共栄の精神に基づいて、阪急沿線に住居することが如何に愉快に、其生活をエンジョイするかといふ理想郷を出現したいものだと考へてゐるからである」と投稿しています。大グループを築きながらも、企業経営の経営独占を批判し、私鉄公共性論をもって、日本民族の保守性と革新性を融合しようという理想がありました。

だからこそ、小林氏は宝塚歌劇団の経営にも「理想としての家庭」を演出することをモットーとしていました。結婚第一主義をとった小林さんの考えを自由恋愛を家庭道徳として破壊しようとしている、という批判を受けますが、彼は明確に「結婚すれば女として万事休すという教え方は、あまりにも婦人の人格を無視した教え」であり、婦人はむしろ結婚という共同生活によって将来を生かし、謙譲の美徳と強い意志を身につけなければならないという新しい女性観を提示するのです。それは男女の衝突ではなく、あくまでも全ての根底にある「共存共栄」という考えでした。その考えの先に宝塚歌劇団があり、芸術の革新と生徒の家庭本位という教えを生徒達に貫かせたのです。


東京宝塚劇場新築落成開場記念の際に小林さん自ら「初夢有楽町」という詞を作っていますが、その三節目には

そのプロローグとして
我等の舞台
朗らかに
清く
正しく
美しく
我等の宝塚こそ
大衆芸術の陣営
家庭共楽の殿堂
お々、我東京宝塚劇場!

この精神こそが現在の宝塚歌劇団のモットーとなっている記念的歌詞なのです。

彼の活動は常に人間生活の理想を描くものであり、当時勃興していた社会主義に味方するものと見られていた向きもありますが、彼の資本主義観というものは「働きたい人々には仕事が与へられ、その受ける報酬は人間の生活を保障するに充分なものであれば、働く大衆は政治の有難さを謳歌し、その働きは社会のためだといふ自覚にほゝえんで誰もが明朗になる」というものであり、その精神を昇華するものが彼が心血を注いで育て上げた宝塚歌劇団の舞台でもあったのです。

最近は中々日程の折り合いがつかず、舞台を見に行けていませんが、ボクが「趣味だねぇ」と揶揄されてもひとりで宝塚を見に行っているのは、経営者・活動家としての小林一三に多大なる尊敬の念を抱いており、彼の理想を描くためにはどうすればよいのかという考えに想いを寄せるためです。

大正モダニズムを築き上げた小林一三の「富国富民」の思想こそが、現代日本の指針となるべき理想ではないか、とボクは確信しています。
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