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2011.08.14 (Sun)

そうだ、沖縄へ行こう! 05。



モノレールの終着点は、首里城駅になります。
ぼくは、少し歩きたいなと思って、首里城の手前にある儀保駅で降りてみました。
しかし、これが間違いでした。
迷って迷って・・・、本来なら徒歩15分ほどで到着するはずが、倍の30分以上かかってしまったような気がします(-_-;)。

首里城についた頃には少し小雨が降り始めていました。
手前の休憩センターのお土産屋さんで、傘を買いました。

守礼門は、第二尚氏による琉球王朝の4代目尚清王(在位1527~1555)の時に建てられたそうです。
1530年頃といえば、上杉謙信が生まれた年ですね。戦国時代の英雄たちが、きら星のごとく登場する時代ですね。
戦国時代に、琉球王朝と日本本土はどんな交流をしていたのでしょうね。



日本の城郭と違い、防戦を主目的としていないと聞いていましたが、意外に、階段が長かったり、いやいや、僕は攻めれないな(笑)、と思いました。城壁全体が結構大きい気がしました。



首里城から。市内が見渡せます。
夜景とかきれいだろうなぁ、と思いました。



首里城は、政治の中心地なだけでなく、宗教的な聖地でもあります。
その儀礼施設のひとつが、この写真にある首里森御嶽です。
沖縄や琉球、またこの北緯30度以南地域の宗教文化に関しては、僕もまだ勉強不足なので、これから少しずつ色々と本を読んだり、訪ねたりして勉強してみたいと思います。民俗風習というのは、とても興味があります。都や八重山、奄美とかそういう地域的なことを考えると、沖縄地域や琉球地域のひとつの宗教文化という風にひとつに括ることはできない気がするので。



首里城は何度か火に包まれるという事件がおきていますが、大きな転換点は、第二次世界大戦でした。
沖縄決戦により、首里城は焼失しました。
また、戦後にも、この跡地に琉球大学が設立され、かなりの城郭遺構や街並みが破壊されてしまったようです。

本格的な復旧作業は、沖縄が日本に復帰してからです。そして、やっと2000年に「首里城跡」として他のグスクなどとともに「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の名称で世界遺産に登録されました。
旅行した時も、なにか修復作業をしていたようです。

ぼくは、森総理の沖縄サミットでのイメージが強く残っています。
あの時の中継は、ライトアップがきれいだったなぁ、と覚えています。
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22:48  |  【 こんな処に行ってきました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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