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2011.08.09 (Tue)

ロンドンの暴動はなぜ拡大化するのか。

ロンドンの暴動は、多くの人が驚いたのではないでしょぅか。
ロンドンばかりでなく、英国全体に広がりつつあり、すでに問題は英国全体の安全保障レベルまで引き上げられています。

そもそも、この暴動は、トッテナムという地域で黒人の青年が警官に射殺されたところからはじまります。このトッテナムという地域は、貧困層が集中する地域です。そして、この黒人の青年がなぜ警官に射殺さけなければならなかったのかというと、(もちろん、最終的に射殺してしまった責任もあると思うのですが)彼が『麻薬密売人』の可能性があったせいなのです。イギリスだけでなく、欧米諸国の貧困層地域において「麻薬」という問題は大変な重みを持っています。この部分がまったく大部分の日本人には、幸いなことに理解できません。このような地域は、元々、公権力と対立を起こしやすい地域であり、「麻薬対策」を通して「差別」問題が折り重なってしまうという意識を醸成してしまいがちなのです。それが今回は発火点となってしまいました。

しかし、問題はそれだけではないのだと思います。僕自身の推測ですが、今回の事件は、これまで潜伏していた「英国病」が発病した事件なのだと思います。

キーワードは、「階級制度を緩和させる福祉国家制度」と「欧州統合」が引き起こす「学費問題」です。

英国の教育制度は社会の階級制を根底とした中等教育を中心とする複線型教育制度を、その特徴としています。英国の教育改革の中心課題は、「教育の大衆化」というものでした。より多くの国民に教育制度に参入できる機会を増やしていくことが、与野党変わらない政策目的でした。厳然とした階級社会であればこそ、当然であったのかもしれません。

1922年、「すべてのものに中等教育を」のスローガンが労働党により掲げられました。1944年には、この政策方針を実現する「バトラー法(Butler Act)」が成立します。労働党そして保守党の戦後のケインズ型福祉国家戦略は教育投資の拡大路線を認めることになりました。しかし、拡大しつづけるケインズ型福祉国家戦略は国家財政を逼迫させ、いわゆる英国病といった社会停滞をもたらすことになりました。1978年には労働組合のストライキにより社会混乱が起きた「不満の冬」の到来により、政権は英国民の信頼を失った労働党から保守党に移り、マーガレット・サッチャーが首相の座につくことになりました。

サッチャーは英国民の福祉への依存から脱却させ、自由に個人が競争し、正当な評価を受けることのできる社会を目指して、それまでの結果の平等主義を目指す教育制度の改革に取り組むことになります。この保守党による改革の方向性を教育政策において結実化させたのが1988年の教育改革法でした。その後の英国の教育改革の先鞭をつとめる1988年の教育改革法のキータームは「競争主義」「市場原理」「集権化」です。サッチャーのあと、ジョン・メージャーが首相になりましたが、1991年白書『高等教育:新たな枠組み』および1992年の継続・高等教育法で「大学とポリテクニックおよびカレッジ間における競争の促進が、政府の望む高等教育の発展にさらに寄与する」と位置づけられ、教育の大衆化を図るなかではじめて高等教育機関を頂点とした累進的教育制度を完成させました。1990年代以降の英国の高等教育における改革ベクトルを決定づけたのは、1997年に発表されたレポート『学習社会における高等教育』です。通称、デアリング報告書とよばれます。デアリング報告書は、1)生涯学習社会への移行、2)研究・教育評価制度にもとづいた政府交付金制度の強化、3)受益者負担にもとづいた学生からの学費徴収、をその主な内容としていました。ここで、ひとつ「学費問題」というものが、新たな英国の政策課題として潜伏していくことになります。

しかし、サッチャーとメージャーが推し進めた新自由主義的教育改革は「社会格差」を問題化させ、「第三の道」という新社会民主主義路線を打ち出したトニー・ブレア率いる労働党が政権の座につくことになります。ブレア政権は重要政策課題の第一に「教育」を掲げ、1998年白書『21世紀の高等教育(Higher education for 21 century : Response to the Daring Report)』をはじめとして次々に政権関連文書を発表していきました。ですが、教育政策改革を経済政策として位置づけたのは保守党と変わりはなく、1)英国の国際競争力を向上させるために労働者の技術水準を高め、2)貧困層を経済的に自立させることを目的とした方向性に変わりはありませんでした。その意味では、教育政策の方向性は保守党と労働党では、連続化していたとみてよいのではないでしょうか。それはブレア政権がメージャー政権で作成されたデアリング報告を尊重、支持したことからも判断できます。

デアリング報告による改革の方向性は、ブレア政権において2004年に高等教育法を制定させることで継続されました。これは、大学毎によって学生の授業料を自由に設定できるようにした法律です。ただし、自由化設定によって歪んだ大学格差が生じてはならないために2003年白書によって提案されていたOffice for Faire Access(以下、OFFA)も同時に設立されました。このOFFAの創設理由は、2002年に発表された全英監査局の監査報告レポート『イングランドにおける高等教育への広範な参加』において「現実には1990年代を通じて公平な機会の提供が十分なされていないのではないか」と指摘されていたように、英国の教育改革・社会改革にはつねに「公平性」の問題が横たわっていたからです。

労働党のブレア政権が学生にたいして学費値上げと学費徴収を志向した理由は、2001年の労働党の総選挙マニフェストに答えを見出すことができます。労働党は「18-30歳の大学進学率を2010年までに50%にひきあげる」と公約しましたが、これは教育予算の大幅な増加をまねきました。同じくマニフェストで学費の値上げを行わないと決めていましたが、ブレア政権は学費値上げと学費徴収を志向・決断せざるをえなかったのです。ブレア政権の高等教育社会に向けた政策は、逆に「格差」をうんでしまうことになり、この歪んだ構造は労働党のブラウン政権を経て、政権交代後の保守党・自由民主党連立政権においても変わりがありません。そして、新政権であるキャメロン政権は、政府財政の再建を何よりも至上命題として掲げ、それは大学学費にも影響を及ぼしました。

学費問題は、「欧州統合」という視野からも問題となりました。これは英国だけでなく、欧州全体の問題となっています。

1998年5月、パリ大学創立800年を記念する式典が開かれました。そのテーマは「ひとつのヨーロッパ大学に向かって」というものでした。式典に出席していた仏国、伊国、独国、英国の教育担当大臣たちはその場で「ソルボンヌ宣言」というものに署名します。欧州市民の移動性と就職の可能性を高め、大学制度発祥の地として「知識のヨーロッパ」を再確立するために、欧州共通の高等教育圏を構築するための宣言書でした。ヨーロッパの教育担当大臣たちは翌年に伊国のボローニャに集結し、ソルボンヌ宣言の方向性を引き継ぎ、2010年までに欧州共通の高等教育圏(European Higher Education Area : EHEA)を構築する声明を発しました。「ボローニャ宣言」と言われます。これは、欧州内の高等教育制度を同一化し、欧州全体を学生や教師たちが自由に移動する教育・研究の舞台として再設計することを目指した宣言です。競争激化が止まらない世界化のなかで、勝ち残っていく競争力・付加価値を獲得するために、また、「欧州の教育」の本性を取り戻そうという決意を、欧州統合化の中で政策課題として提議したのです。

しかし、このチャレンジは、欧州全体に「学生による蜂起」を促すことになってしまいました。この改革は、各国で「公立」大学を「法人化」させることに繋がっており、極めて無償性に近かった学費制度を政策転換してしまいました。各国では、「学費値上げ反対」を訴えた過激な学生デモが現在まで問題となっています。


このように、今回の英国のロンドン暴動は、すでにその原因が潜伏しつづけていたのです。それが、「貧困問題」「差別問題」「麻薬問題」「階級問題」「赤字財政」「景気対策」「学費問題」という複数の原因がリンクしあい、暴発してしまったというのが、暴動事件の本質でしょう。来年には、ロンドンでオリンピックが開かれますし、これ以上放置しておけば、IRAの問題までにも火がつきかねません。これは、英国の社会特質の問題ですが、安全保障問題でもあります。英国中央政府は、キャメロン首相をはじめ、「国家危急の事件」と受け止めて対処にあたらなければ、暴動はますます拡大化していくでしょう。

財政再建を図らねばなない一方で、景気回復のために公共投資を拡大化させ、
国民の生活自立意識を高める一方で、貧困層への福祉制度を充実させ、さらに中間層の税負担への不満を緩和させる、
この矛盾に満ちた政策課題を一体どのようにして解決しようとするのか、キャメロン政権に英国の興廃のすべてがかかっています。
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17:01  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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