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2010.12.17 (Fri)

李登輝校長 講義レポート(全文) 「国家を背負う指導者の条件」

先日、日本李登輝学校修学院の研修で台湾に行ってきました。
李登輝校長の講義をレポートいたします。




ritouki20101122-01

久保田院長、修学院の研修生の皆さん、こんにちは。ようこそいらっしゃいました。そして、久保田院長から今回の講義にあたり、事前にいくつか質問をいただいておりますので、その質問とあわせてお話しましょう。最近の修学院の活躍ぶりをみて非常に感心しております。というのは、結局、今の日本における諸問題に対しての修学院の取り組み、講演内容、日本文化論を根底においた人間形成・教育問題への姿勢、そしてアジア太平洋交流学会との連携は、アジアがどうなっていくかという問題、国内外の問題などに非常に大きな意味を有していると思います。皆さんが非常に関心を持っている多くの問題は、私が遠い台湾から日本を眺めた時に私も気になっています。今日は、私がまず簡単に台湾が今直面している国難とはなにかを皆さんに報告いたしまして、それからこのような時世の日本における諸問題に対して4つほど質問が出されておりますので、国家指導者としての経験から、それらに答えていきたいと思います。おそらく、少し時間がオーバーしますが、よろしくお願いいたします。



目下、台湾は中国の急速な経済成長と政治大国化を前にして、台湾の人々自信が揺らいでいるようにみえます。中国依存が利益をもたらすならば、それでもいいではないかという言う人も多いようです。日本もこのような状態ですね。果たして、本当にそれでいいのでしょうか。こうした状況は、台湾の指導者たちが台湾をどのようにもっていきたいのかを、台湾の国民に対して明確に提示し続けないために生じてきているものと推測しています。一昨年の5月20日、今の馬英九総統が就任するとすぐに、馬政府はこれまでのやり方とは違う開放政策に着手しました。この中国に対する開放政策は、前の民進党陳水扁総統が大陸との関係を開放し、秩序をもって進めていこうとした考え方に基づいています。これらの姿勢に対して、私の考えは違います。



1992年に香港で台湾と中国大陸との政治的対話、2つの国における地位の問題に関する対話を行った会議がありました。だいたい私は総統になって、1991年にいわゆる中国と台湾との間における、国民党共産党の内戦を停止させました。内戦を停止しなければ、台湾は民主化した国として認められなくなります。戦争状態であったからこそ、戒厳令が布かれていたのです。戒厳令を布くからこそ憲法を凍結して、特別な法令を作り、総統は死ぬまでその地位につく。国会は万年国会に陥り、このような形で国の姿が曲げられて、こういう政府に反対運動をしていたヒトは、白色テロで片っ端から処罰されました。38年間という世界で一番長い戒厳令というのはこういう形で行われました。こういうことに対して、まず私としては、大陸との間における戦争を終結させるのが一番大事だと考えました。それが91年に動員戡乱時期臨時条款廃止ということになりました。中国に対する宣言でもあったのです。今、台湾に生きる若いヒトは、このことが分かっていません。学校で教えていないのです。教えないようにしているのです。この91年における動員戡乱時期臨時条款の停止を通して、私は、中国大陸に対して「大陸は北京政府が有効に統治しておりますが、台湾は私の方で統治している」とメッセージを伝えたかったのです。お互いの関係は、「貴方は貴方、私は私」と武者小路が言うように、「まぁ、後は仲良く・・・」と。そういう形でいく以外に道はなかったのです。ところが、台湾経済の発展と中国経済の発展に、非常に大きな差が残ることとなりました。それをどういう形で処理していくのかということが、私の長い間の中国との間の課題でした。経済問題、政治問題としてしっかりと認識し、こういう関係性を維持したうえで用心ぶかくあまり深入りしないように進めてきました。そして、92年に香港でまず台湾の海峡交流基金会と大陸の海峡両岸関係協会が話をしました。どういう話かといいますと、台湾と大陸とでは50年間行き来がなかったので、漁船・漁業の問題、個人的な行き来の問題などが残されていました。それを処理しましょう、と話をはじめたわけです。いきなり、経済的ななにか契約をしましょう、という話ではなかったのです。こういう話し合いをやりながら、徐々に関係を進めていきましょうという話であったはずなのです。ところが、台湾からも大陸に投資をしに行くヒトがいる。投資を許すにしても台湾としてある程度の制限をやりながら、一歩ずつ台湾という国の利益にならないことはやらないという形でやってきました、この92宣言というのは、コンセンサスではないのです。コンセンサスというのは、まったくの嘘なのです。台湾の代表は、香港において、中国が伝えてきた1992年の「ひとつの中国であるというコンセンサス」を守りなさい、というのを断りました。台湾はひとつの中国ではないのです。台湾は台湾です。これが当時の私の考え方でした。

ところが、これを偽造したのが馬総統なのです。馬総統の部下のなかにひとり、これを偽造したのがいて、これを両岸の話し合いの基礎にしようとしはじめたのです。こういうような話がなくても、実はもう台湾と中国大陸はもう既に平和的な状態に戻りましたから、一歩ずつ進んでいくべきなのに、台湾は「ひとつの中国」だと急な押し付けをしてくる。5000年の中国の歴史にあって、台湾というのは化外の地であったと言っていたのは彼らなのです。化外の地であった台湾だけでなく、明の時代において朝貢をしていた琉球も、今の共産党は中国の領土だと言っているのです。今回の尖閣列島の問題は、ここから問題が発生しています。当時、香港での会議に参加したヒトはいまだに生きているのです。そして、それぞれの職場で働いており、馬政府はこうした嘘の歴史を創りあげて、台湾人民の名を汚し、台湾人民の不安をかりたてています。そのため、台湾人はデモを行い、激しく抗議しているわけであります。



現在の台湾にまず必要なことは、指導者が、台湾がどのような存在なのか、そして何処に向かおうとしているのかという座標軸を打ち立てることではないかと思います。中台関係も、そうした座標軸の中に位置付けなければ、状況追認に終始することにつながりかねません。現在の中台関係をみていて想起されるのは、日本の作家である武者小路実篤の「君は君、我は我なり、されど仲良き」という言葉です。中台の関係改善はそれなりに歓迎すべきとしても、中国の将来の不確実性を考えれば、そしてあの独裁的な政治のやり方、体制の違い、これは全く国と国の間においては非常に溶け合ったような形としてもっていくわけにはいかないのです。「君は君、我は我」。これはやはり、原則です。「けじめ」が必要だと思うのです。日本人が言うけじめが大切なのです。けじめをもって中国と付き合っていくことが、現実的であると思います。今の日本の民主党には、こういう考え方をもっていませんね。けじめのつけ方がわかっていないようです。かつて私が行ったように改めて台湾という自己認識を問い質し、自分たちの運命は自分たちで決めていくという心持ちと備えが必要なのです。将棋で例えれば、意思のない単なる駒にならず、意思のある指し手となるということです。下した意思自体はちゃんと意味がなければならないのです。意思のある指し手になるという姿勢がなければ、巨大な中国を前にして台湾の前途は決して開けることはないでしょう。しかし、今の台湾は流れるままの駒国家になりつつあるのではないかと案じています。なすすべもなく、巨大国家・中国に翻弄され、あるいは目の前の隣人幻惑されているのではないかという不安が消えないのです。



台湾が目指すべきは、中国市場だけを相手にするのではなく、グローバルな市場で競争を持つ産業を発展させることでしょう。台湾はWTOのメンバーです。だから、台湾はなにもECFA(中台間の経済協力枠組み協議)にみるような一国市場を中心としたひとつのみの関係を持ってはいけません。台湾の新たなるグローバルな成長モデルを確立することにより、逆に中国市場における台湾の国家としての立場も一層強くなるのだと思います。現在の中国での台湾への優遇策は政治的な意図からの一種の補助金づけです。これを頼りにしていると、次第に弱体化し、台湾の経済競争力長期的に失われてしまいます。今の日本には、宮城のまわりには各県の県政府の宿舎がありますね。県知事というのは、朝から晩までお金をもらうようなことばかり考えています。補助金依存では、国をうまく運営できません。今の小さな県ではうまくいくことは、どうしてもできないと思います。台湾の経済的競争力は長期的にこれを失わずに持って行かなければどうしてもなりません。中国が成長してもよし、しなくてもよし、されど台湾は台湾として一個の自立した国家として独自に成長していく経済の成長モデル、台湾モデルを確立することが、中国という機会を活かしつつ、しかし中国の恫喝に翻弄されないようにするための上策と考えます。台湾の政治体制中国の政治体制より良いと、台湾の人々が認識し、理解し、台湾の国家指導者も、そのことを人民に訴え続けることが台湾国家の将来を決める大きな要素になるのだと思います。日米欧の先進諸国が台湾国家に抱く連帯意識も、台湾の民主的で、市民の自由や人権の自由、民主体制に磨きをかけ、ひとりひとりが一層尊重される社会、すなわち自由と人権と民主が尊重される国家を建設する王道政治を実践し、台湾政治のさらなる近代化を進めることが大切ではないかと思います。

現在、中国の台湾国家に対する武力行使の実現性は低く、いま台湾を攻めようと考えてもそう簡単ではありません。尖閣列島問題が出てきたときに、日本政府はあの船長を裁判にかける前に帰してしまいました。こういうヘマなことをやつてしまって、結局、中国に対して「尖閣列島は俺の物だよ!」と言わせたに等しく、船長も中国に帰って「また来ますよ。今度こそ本当に上陸して、中国の偉大さを見せますよ」と平気で言っています。1971年以来、毛沢東琉球・尖閣列島・台湾、これは中国の領土だ、南シナ海東シナ海、これは全部中国の内海だ、と宣言しています。はじめから、彼らは琉球列島を盗れば、日本はもうどうにもならなくなるという考え方をもっています。現在の中国の台湾国家に対する武力行使の蓋然性は非常に低い。中国は台湾に対して、非常に下手になってきました。今までのような強いやり方でやってきていません。ところが、今回の尖閣列島に、いわゆる軍人の船長を入れて、漁船の形で押し込んできたというのは、明らかな武力行使です。ところが、台湾に対しては中々武力行使ができません。というのは、台湾には台湾の軍隊があり、台湾は自分たちで守るという強い基礎があるからです。一方、なんだか日本には弱弱しい面が残されている気がします。だからこそ、アメリカ国務長官であるクリントン夫人ははっきりと言ったのです。「尖閣列島は日米安保条約の範囲内に入ってある」と。それを中国が気づいていないはずがありません。台湾は、アメリカの台湾関係法という国内法のもとにおかれていますから、台湾海峡現状変更というのは絶対に許されていません。その変更のためには、日本、アメリカ、台湾、中国4カ国全部から承認されなくてはならないということが国際的に認められています。ところが、今のように非常に武力行使の蓋然性が低く、威嚇的な行動を控えていますが、言うまでもなく、そうした姿勢長期的に持続される保障はどこにもありません。いつ何をやりだすか分かりません。こうした環境では、武力による威嚇への耐久力が、自らの運命を自ら決めていく自由を大きく左右します。ご承知の通り、現在、中台の軍事バランスは、中国に有利なものになりつつありますが、台湾も抑止力のひとつとして、最低限、中国の武力行使・侵攻を思いとどまらせるだけの軍事的能力を持つ必要性があるのです。



1996年に、民選総統選をやった時、私は総統として中国から撃ち出されたミサイルに対して、はっきりと中国のミサイルは脅威ではないと言いました。なぜかと言うと、彼らはミサイルを撃ったことがないのです。弾頭に測定機を置いている。だから、爆弾を置いていない。こんな爆薬の入っていない空っぽのミサイルだからこそ、心配しなくていいと国民に訴えました。そして、アメリカドルを買い込むことを禁止しました。その時、台湾の人たちはアメリカドルを持って、逃げようとしました。取り付けが起こったら困るので、500億ドルを用意して、各銀行に配りました。そして、株が落ちないために、2000億ドルの株の安定基金を作って、国民に心配させないために7カ月分のお米を準備しました。まだまだやったことは沢山ありますが、18のシナリオを持って、相対していました。先日、ある新聞記者に聞かれました。「あれだけミサイルを撃たれて、どういう覚悟をしていたのか?」と。私は平気な顔をしていました。というのは、心配していなかったからです。なぜならば、私は信仰をもつているからです。神様に非常に強く頼っているのです。これは質問に答える形になると思いますが、リーダーは孤独なのです。この部屋の窓からみえる観音山の頂上部分は崖なんです。そこに立っていると、本当に孤独なんです。ところが、死ぬことによって、はじめて生きることの重要性が分かる気がするのです。私の基本的な考えはこうなのです。



以前、私は『愛と信仰』という本を書きました。学生時代、よくあの観音山に登りました。山の頂上は非常に狭くて、危険なのです。まわりは切り立った絶壁です。総統というのは、こういうものです。本当に孤独に立っていないといけない。中国では昔は皇帝になったヒトは孤独だから、結局、「私ひとりしかいない」という気持ちになる。しかし、私はそう考えないのです。一国の運命を左右する孤独な戦いにおいて、きちんと立っていける心持ちが必要なのです。そのような時には、神様が私といっしょだという気持ちになります。私は総統を2期12年間やりましたが、毎日が闘争でした。古い支配階級、古い考え方、軍隊を国民党の軍隊から国家の軍隊にきりかえる、こういう種々の問題を解決していく闘いでした。私はミサイルが撃たれた時にも、少しも困ったことはありませんでした。ここに、私が言いたいことがひとつあります。私には信心があり、十字架を背負ってやろう、これがどんなに大変でも台湾の次世代の子供たちのためにやろう、という心を非常に強く持っていました。

私は聖書を読みます。イザヤ書37章にこういうものが出てきます。「私は自分のため、また私の下僕ダビデのために町を守って、これを救おう」というこの言葉は非常に大事です。私はこの国を守りましょう、国を大事にする・国に対する愛国の心、これをもつことが大切だということが、質問のお答えになっているでしょうか。今の日本の政治家は、国のことを頭の中に入れていないように思えます。愛国心がないのです。そのほとんどが、個人的利益とか党の利益、権力を持つ、そのような考えを持つことが非常に強い。愛国心を如何に養うかということが戦後において完全に失われました。最終的に中国に軍事力行使をためらわせるのは、台湾の人々の強烈な抵抗意思、強靭な台湾精神にあると思います。中国の軍事力行使を日本に対して行うことができないようにさせるためには、日本の人々、日本の指導者に強烈な抵抗意思と強靭な日本精神がなければならないと思います。台湾の人々の危機意識がいざという時に強固に固まることを期待しています。最近、日本では尖閣列島の問題で、騒ぎが大きくなりつつありますね。これはひとつの良い傾向だと思います。また、国際社会の中国に対する圧力も、台湾の国民の対抗次第だと言えます。日本が強くなれば、アメリカも強くなる。アメリカも、結局、中国に対して単に関係をよくすればいい、というようなことではダメです。今こそ、台湾の意思を固めねばなりません。交流の拡大はやむをえないにしても、それならば、防諜強化を徹底する工夫も必要です。中台の人間的交流が進むこと自体は悪いことではないかもしれませんが、政治の中枢や安全保障上重要な産業に工作活動が浸透することをこれまで以上に警戒する必要があります。日本では外国人投票権を与えろという愚かしいことを考えているヒトたちがいます。これでは、日本の政治や政府はひっくりかえってしまいます。台頭する中国は、今日の国際社会の最大の台風の目であり、世界中の関心を集めています。台湾は中国の現実の姿を最も深く理解しており、全世界に伝えていく存在であってほしいと思います。台湾はその最前線にいますから、その際、中国について故意に否定的な面を広める必要性もありません。正確な姿を世界に伝え、台湾ならではの、するどい見識を世界に示していくことが台湾のグローバルな存在感を高めるものと考えます。その点からも、対中国と交流を深めていくと同時に、日本と緊密な関係を構築していくことは極めて重要なことと思われます。台湾は中国とは仲良く、日本やアメリカとは親しく、強い意思で政策を展開し、国家として超然たる存在であるべぎであります。



 台湾の人々自身にとってさえ、台湾は何処に向かうのかはっきりしなければ、世界の人々にとって台湾の存在は曖昧なものになることは避けられません。世界の中における独立自存の台湾の自画像を描き、それを力強く実践していくことこそが、今日の台湾の指導者に求められる最大の責務だと思います。今こそ台湾は1990年の思想に戻り、思考、理想、願望、民を我が子のごとく愛することを合言葉に台湾の行く末を真剣に考えるべき時なのです。経済的な利益のために台湾人の魂まで捨ててしまうのは愚かなことです。力を結集し、台湾を護り、希望を抱き続けましょう。



 最後に、目前の危機を克服するにはなにが必要なのか方法を考えなければなりません。先日の26日に、台湾基督長老教会総会が新宿で国際会議を開催しました。「台湾危機と転機、教会の使命と責任」を会議の主題として、現在の馬政権が全面的に中国に傾斜する政策をとることは台湾に非常なる危機を与えるものであるとの結論に至りました。私はこの会議に参加し、そして演説するよう要請を受けていました。私は具体的な建議を以て、台湾の民主制度はかなりの欠点がありますが、まだまだ十分なる方法で目前の危機を救うことができると述べました。台湾の民主制度はやっぱり存在している。それは何かというと、結局、結論を言えば、4年経てば総統を選び直さなければならないということです。2012年に総統の改選が行われます。これが台湾の転機です。好転する時期です。この目標を達成するためには、人民は大団結して、今週の土曜日に行われる5つの直轄都市の選挙に勝利して、馬を捨てて台湾を護りましょう、というスローガンを訴えました。これが結局、目前の台湾を救う唯一の直接行動であると訴えました。全員で団結し、行動しましょう、と。最近は夜が忙しくて、あちこち講演しまわっていて、応援をやっています。5大都市さえ勝てば、何を意味するかというと、もう馬総統は国民党内部においては総統の候補者になる可能性がないのです。そうすると、次には馬がなくなって、台湾には誰かが出てきて新しい総統になって、台湾をやり直して行く、台湾の危機を救うことができる、というような意味の話になるわけです。そう訴えるからには、努力しなければなりません。ここ2~3週間は忙しくて、本当は皆さんにお話ししたいことがたくさんありますけれども、なかなか用意する時間もなくて、準備できておりません。今日は皆さんから色々な問題がでてきておりますから、それに答えていきたいと思います。

 野口さん(参加者)から出た質問ですが、「今回の講義に際しまして、迷走する日本の政治について、どのような最高指導者の条件が求められるのかご教示頂きますよう願います」という質問を頂いています。実を言うと、日本の指導者というのは、内閣総理大臣なんです。その総理大臣たる者が、私に言わせると、人民と国を愛していない。これが基本なんです。私はそう思っています。指導者となるためには、人民を我が子のように可愛がっていくという気持ちがなくてはいけません。そして、可愛がっていくためにはどうすればいいかというと、「私は私でない私」「私は日本のために生きているのだ」という気持ちが必要です。私は今年の12月で90歳になります。私はあと何年生きるか分かりません。しかし、国の為にはこの命を捧げなければならない、と今も考えています。今は戦争が起きているわけではありませんが、結局、この命をもって一生懸命やらなければならない、と思います。登山家野口健さんと話した時に、彼に伝えました。「同胞愛なき政治家は国を滅ぼす」と。今の日本に必要な指導者の条件は何か、結局、同胞愛なのです。愛国心がなければ、ダメなのです。だから、修学院で愛国心を高めるという教育活動を展開しているということは、日本精神からいってもあるべきものだと私は思っています。



 次には、久保田院長からもご質問を頂いていますので、簡単になりますが、返答させていただきます。「今回、中国との間で尖閣問題が生じましたが、日本は中国に対してどのような対応をすべきだったのか」という質問です。日本は、私が先ほど申し上げたように、日本の作家である武者小路実篤が言ったような考えを持っていないことが問題だと思います。「君は君、我は我、されど仲良き」という姿勢で、「けじめ」をつけて、中国とつきあっていかなければならないのではないでしょうか。国を売るようなマネをしないことです。これが基本的な問題です。それに、日本が今回の尖閣列島で一番困ったことは何かというと、日本の憲法は第9条において自衛隊を国家の軍隊と認めていないということです。国を護るために軍隊が積極的に出られないという立場、それは結局、日米安保条約によって規定されています。日本は民主国家として、自由独立国家としてのあるべき姿をそろそろ示さなければならないと思います。その為には、アメリカ使者派遣し、日本国憲法修正し直す、第9条を削除する、正式に国を護る軍隊をもてるようにしなければなりません。



 第二に、「今後の台湾の進む道、対中国政策、台独路線はどうなるのか、経済の自立性は持てるのか」という質問です。台独路線という言葉は存在しません。台湾は台湾として、はじめから中国と違っているのです。沖縄は中華帝国5000年の歴史のなかにおいて、その帝国体制の枠内に入っていた時期もありましたが、台湾は化外の地なのです。モンゴルと同じように、化外の地なのです。中華帝国の中に入っていません。そこら辺に、中国人の認識の誤りがあります。自分で自分の論理を間違えて発言してしまっているのです。今後の台湾の進むべき道は、先ほど言ったように、様々な方法でやり直して行く。やり直すためには、総統を変えなければなりません。総統を辞めさせる為には、今回の5都市の選挙で先ず勝利し、そこから新しい総統の候補者を出して、馬総統を落として行く。これが最も現実的な道だと思います。他に道はありません。この道だけです。中国大陸も、この馬総統に対しては、実をいうと、おかしいと思っているのです。なぜか。彼は自分で自分の矛盾の中に入ってしまっています。彼は最初75%くらいの支持率がありました。選挙の時は57%くらいの得票率を得ました。そのような票数をとっているから、私は台湾を代表しているとの自信を持っています。しかし、最近の状態はひどいものです。20%以下の支持率など、もう国を代表してはいないのです。中国大陸も、このヒトなら、将来、大変困ることになると・・・。ECFAの問題の時、私ははっきり言いました。中国政府は台湾の人民に恨みを残して統一などしたくないのです。ECFAをやめて、台湾とFTAという自由貿易協定という形に切り換えたら、結局、人民との間における関係がよくなるのです。今の総統は時限があるから、こういうような総統に台湾が左右されたくありません。こういうことを北京政府に対しても言ったつもりです。曲がった政策は取り戻す。これは次の総統に頼らなければなりません。台湾の対日政策について簡単に言いますと、台湾と日本との関係というのは、人民と人民との間における心の絆を築き上げることが大切です。50年間における日本の台湾統治は、事実上、台湾に大きな近代化した社会を創りあげました。こういうようなことは、台湾の人々は心の中にしつかりと持っています。最近、私がみていますと、非常に状態がよくなっています。青年のヒト、観光のヒト、経済的な面における関係、例えば日本からできあがった色んな特殊な権利、パテント(特許)、これらがどんどん台湾に入ってきて、台湾との間における関係を創りあげていって、協働的にやっています。日本は資源のない国です。台湾も同じように資源のない国です。資源のない国は何に頼るのか。結局、人間に頼らざるをえません。この人間は何に頼るのかというと、教育に頼るのです。教育によって、色んな人間を培養して、そしてこういうヒトたちが国のために奮闘し、新しい知識産業を発展させていく。色んな所で、新しい権利利得を日本で創りあげていく。これが、結局、日本を救うひとつの方法です。日本は、最近ますます工業が発展しています。工業が発展するということは、なかなか難しいことなんですよ。なぜかといえば、人口が段々と減っていますよね。そして、資源がない。ところが、人間の頭、日本精神がもつ日本人の考え方、これが国際的な面において、日本人のもつ知識産業がどんどん世界をリードしていくことにつながっている。経済成長率や幾らのものが生産されるということよりも、もっと知識産業で世界をリードしていく方法にもっていかなくちゃならないと思います。そして、これが台湾との間における関係を結びつけるのです。

 ここで、こんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、実を言うと、例えば、日本ではLEDがありますが、台湾の技術が三級だとすると、日本は二級か一級になります。どんどん新しいものが出てきます。エネルギーの節約も違う。日本の方がこの前台湾に来て、台湾の色んな工場を見てまわり、正直ビックリしたそうです。台湾の工場ひとつに、博士号を持った人間が150人もいる。修士号をもっている人間も何百人もいる。それに、工場がすばらしい仕組みで作られているのに、ビックリしたという話を聞きました。だから、台湾と日本の間におけるこういう経済的な結びつきを考えた時、台湾にはそれだけの力があるのです。この日本のパテントを持っている方が、大陸へ行ってきて、頭をふって帰ってきました。会社自体に設備もなく、施設の整備がまだまだだと言っていました。日本の最も安全・安定のためには、台湾は生命線でしょう。と同時に、日本も台湾にとっては、非常に重要なひとつの国です。そういう関係性のうえに、人民と人民との間における心と心の絆を築き上げていきましょう。おそらく、戦後において、日本人を最も尊敬しているのは台湾人だと思います。皆さんが、韓国に行ったら、きっと大変ですよ。台湾ほど、親日の国はどこにもありません。これは長い間の歴史の関係です。



 第4番目に、「大陸の人民元が切り下げされた場合の、台湾経済にはどのような影響がありますか」という質問です。この影響に関しては、ECFAをやめない限り、ダメだと思います。新しい総統が出てきて、ECFAを停止する。ECFAの第16条にはこう書いています。「両国の間において、この条約があまり適当でない時は、いつでもこれを停止することができる」という一条があります。だから、私に言わせると、このECFAを停止することなのです。台湾が世界全体に多様に経済貿易ができる形を実現しなければなりません。今一番大事なのは、金融問題なのです。金融と外貨、外貨の変化の問題、これは大変です。ここでまた日本の悪口を言うのはおかしいですが、日本の日本銀行はなにをしているのかなぁ、と頭をかしげることばかりです。先日、みずほ銀行の支店長に会いました。日本人会の会長を務められています。台中日本人学校10周年記念式典に行ってきました。ここは地震で倒れた学校なのですが、直接伺いまして、土地をすぐ与えました。一年間で学校を作りかえたのです。式典に来てくれないかと呼ばれて行ったのです。みずほ銀行の支店長(末長明)にこう聞きました。「末長さん、銀行の利息はゼロで、あなたの銀行のお金はどこから出てくるの?」と。そうしたら、「貯金するヒトはそんなに多くない。安全だから、銀行に預けるのです」と答えました。それは、本音ではないと思います。安全だから銀行に預けるといいますが、家の箪笥の中に入れても安全じゃないですか、そうでしょ。ところが、銀行のもつ流動性から考えて、流動資金と固定資金の利用では、会社はその資金を利息のある定期預金にすることはありません。流動的な形で銀行に預ける。それだけの話なのです、本当は。先日、同じように日本から研修団が来たときに、その参加者の中に日本銀行の外貨局長がいたのですが、彼にも同じようなことを聞きました。為替が83円にもなって、今後は70円になってもいいというヒトがいます。雑誌を読んでいますと、日本の専門家は、外国の色んな物価があがっていますから、円もあがるべきだ、これは当たり前だと言っています。その時に、金利がゼロになっているのも構わないという考えを持っています。私はおかしいなぁ、と思います。理論的にも、実際的にも、銀行のお金はどこから来ますか?日本人は世界で一番個人的に個人資産を持っています。個人資産を、国のひとつの資産として、利用できないような金融システムは改めなくてはならないはずだと思います。これは余計なことになりましたけど、解決方法はあるのだということです。解決に向けて着手しはじめなければ、日本は大変な状態になります。私の話は、これで終わります。あまり深入りすると、間違ったように誤解されますけれども、結局は、制度の問題なのです。日本銀行は内閣とは関係がない。理事会が勝手に政策を決めているだけです。こういうようなシステムでは、日本は国全体として政策を引っ張っていくだけの力が出てこないでしょう。これで終わります。ありがとうございました。



(その後、質疑応答が30分以上に渡りました)
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