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2010.02.19 (Fri)

派閥は存在していい。

たしかに、派閥という文化は、中選挙区制の文化であり、小選挙区になった今、その意味合いは低いのかもしれない。
しかし、政党というものが、組織政党にならないかぎり(議員政党であるかぎり)、やはり派閥というシステムは必要なのだと思う。
たとえば、議員候補養成のシステムの透明化・拡大化からはじまり、政策部会ごとの密なる集団化(人事の流動化はゼッタイに必要だけど)をなすことができれば、根本的には党是に従って集まっている党員集団なのだから、派閥というシステムは自然的に解消していく。

派閥というものは、自民党が単独政権を維持していたときに、ふたつの意味を有していたと思う。
①党内のバランサー
②人材育成
ひとつの政党のなかで、擬似政権交代をくりかえすシステムが派閥であり、激烈な権力闘争をくりひろげる派閥指導者のもとで政治の「いろは」を覚えていく、これは一見、非合理的なものかもしれないけれど、強い指導者を常に党として用意するという意味では、国民にとって重要なシステムだったのだと思う。

党の近代化、というのを若手や中堅の議員はよく言うけれど、雑巾がけもできない議員が大物になれるわけがない。もちろん、一回生議員が党の指導者・政権の指導者になってまったくかまわないし、ぼくは自民党の再生には、小泉代議士のような党内で一番若い代議士をリーダーに仰いで党の風通しに穴を開いたほうがいいと思っている。英国労働党や保守党の党再生はそういう世代交代でなしとげてきた。

しかし、派閥を否定することと、老害ともいえるような長老議員を批判することは、まったくの別の話。派閥はシステムの話であり、老害は個人の問題。長老議員だって良識ある議員はたくさんいるし、若いからといって指導力があるか、といえる。要は、党内を運営する良識だったり、文化だったりするのではないだろうか。

問題は、「老害は消え去れ」とか「若い者はだまっていろ」とかではなく、自民党そのものが一致団結してどのような日本、どのような国家を創っていくのか、それが国民に見えないことが問題なのだと思う。そういう志がないかぎり、いくらイメージをよくしようとしたって、国民はついていかない。


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派閥が党を破壊するという意見も正しいと思う。
台湾・民進党の例がいい例だ。

かつてぼくが李登輝学校修学院の会報で書いた記事の一部を紹介したい。
(この記事は、蔡英文が党の代表になる前のものです)


7)民進党は党再建を果たすことができるか

最後に、今後の民進党の再建について考えてみたい。改めてご説明するまでもないが、民進党はもともと一党独裁体制を台湾に布く国民党に反対し、民主化をおしすすめた勢力が結集した政党だ。そのため、党綱領に「国民投票による台湾共和国建設」を掲げる独立派という基礎を有しているが、政権を獲得したあとは穏健化したという批判も出ている。経済的政策の方向性は保守主義の国民党に反対している向きもあって、反原子力発電や環境保護、社会福祉重視、女性や労働者の保護などのリベラル的な政策が中心だ。

党運営に関しては、その結党構成から派閥を中心とする動きが特徴として指摘することができる。2006年7月の党大会で党内派閥の活動を禁止する、という決議がされたために表向きは派閥組織の動きはなくなったとされているが、現実としては、党内は主に三派に別れている。旧新潮流系とこれに反対する諸勢力の集合である反新潮流系、そして無所属系(派閥とはいえないが)だ。元々、民進党内部は派閥が七つも八つもあるなど非常に複雑な組織構造であった。しかし、先述の党内決議もそうだが、民進党が政権を獲得した後、新潮流系が行政ポストを他派閥より多く獲得したために党内が新潮流系を軸とする派閥構造に収斂していった。新潮流系は学生運動や労働運動、農民運動、環境運動などを展開していた活動家から構成されており、その組織の結束は固く排他性が高い。彼らが党内勢力の中心をなしているために、民進党が社会民主主義路線を進むのも自然と理解できる。

この派閥抗争の激化が政権獲得後に民進党の党勢を衰弱させた原因である、と指摘する向きもある。その理由は1)陳水扁大統領の党内権力掌握の抗争による影響、2)国会議員候補選定や大統領候補選定時の党内抗争による影響、というものだ。

陳水扁大統領後の大統領候補選定時の問題は、実は陳水扁大統領が金銭スキャンダルにおいて国民党や元民進党主席の施明徳によって倒閣運動(倒扁運動)を起こされたときに陳水扁政権のスキャンダルの続出を批判していた党内主流派の新潮流系がこれらの動きに同調しそうになったことを他派閥が一斉に批判したことが源流にある。この動きが党内勢力のバランスを崩すことになった。新潮流系以外の派閥は自分たちの党の代表である陳水扁大統領をなにがなんでも護る、という姿勢(保皇派)に支持を打ち出した。この波に見事にのったのが長年、新潮流系と対立していた謝長廷である。当初、大統領候補の最右翼と思われていた蘇貞昌が謝長廷と同じ派閥にいながら派閥内抗争の関係から新潮流系と手を結んだために党内選挙で敗北したのもそのためだ。しかし、ことを複雑にしたのは陳水扁大統領が表向きは中立を装いながら、蘇貞昌を支持したことだった。民進党政権を預かる陳水扁大統領を擁護する意味と、党内後継者の選定において陳水扁大統領が直接関与する意味とでは違うという政治的駆け引きが繰り広げられた。陳水扁大統領と謝長廷が長年のライバル関係であったということも関係したのだろう。しかし、この抗争の後遺症は国会議員候補の選定にも影響し、党内混乱が続くことになった。陳水扁大統領に叛乱する者を許さないという動きと、陳水扁大統領の院政を支持しないという動き、そして陳水扁大統領が支持した蘇貞昌と手を結ぶ新潮流系に対する党内の反発という動き、が共存した不思議な政治言語・文化が民進党の党内運営を長期的に混乱させることになったのである。このような混乱が小選挙区制に切り替わった国会議員選挙でさらに悪化することになり、台湾国民世論は安定した党内運営を展開しているようにみえる国民党と比較することになっただろう。党内の混乱、これがすべての原因だったとみるべきだ。

今後、民進党はどのように党を立て直すのだろうか。また誰に党の再建を託すのか。

謝長廷は大統領選挙で敗れた。謝長廷を含めて民進党の「四大天王」といわれている游錫堃や呂秀蓮、蘇貞昌などの有力者に今後の民進党を託すことができるかどうかは疑問だ。游錫堃は民進党本来の党是である台湾独立路線を自身の信念として先鋭化させているが、金銭疑惑と党内権力抗争で一歩後退してしまった。蘇貞昌は党内から一斉に反発を受けた新潮流系と手を結んだ。このままでは党内がまとまらないだろう。陳水扁政権の副大統領であった呂秀蓮ではどうか。フェミニズム論者として国際的にも知名度があり、台湾独立路線に関しても現状維持よりかは一歩前に出ようとしている彼女の姿勢は民進党そのものだともいえるが、「新生民進党」を考える上では旧世代すぎる感がある。

民進党が束縛をうける派閥抗争の呪縛から解き放たれるためには、解党的出直しを決意し、一気に世代交代を進めなくては無理なのではないだろうか。民進党内には優秀な人材が豊富にいる。選挙調整に失敗し、落選した候補者たちの中にも将来を有望された若手政治家が多く存在する。彼らが党員・党友・支持者とともにこれまでの民進党の歩みを真摯に見直さなければ、現在の馬英九大統領率いる国民党には勝てないと私は思う。民進党が創りたい台湾とはどのような国家なのか、それを改めて考え直すべきだ。
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