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2009.12.13 (Sun)

「迷いを心に持ちながらも、常に学んでいく姿勢を子どもたちに伝えられる教導師こそ、よい教導師なのだと、わたしは思うわ」 こうして、新米教導師としての日々は飛ぶように過ぎていった。

現在、日本でファンタジー物を書かせたら、小野不由美を除けば、この女性の右に出るものはいないだろう、とほとんどの人が認めるだろう上橋菜穂子先生(川村学園女子大学教授)の『獣の奏者 Ⅰ闘蛇編』『獣の奏者 Ⅱ王獣編』を続けて読みました。上橋さんの作品を、『精霊の守り人』シリーズで知っている方もいると思います。『精霊の守り人』は、野間児童文芸新人賞と産経児童出版文化賞をダブル受賞しましたが、今年にはアメリカにてバチェルダー賞(英語以外で書かれた児童文学のうち、アメリカで翻訳出版された中から最も優れた作品を選ぶ賞。・・・ちなみに、2008年の受賞作品は宮部みゆきさんの『ブレイブ・ストーリー』 )を受賞しているなど、世界的にも注目を集めている小説家でもあります。



【あらすじ】(wikipediaより)
I 闘蛇編
獣ノ医術師である母とともに、闘蛇衆たちの村で暮らす少女・エリン。彼女の母はその優れた医術の腕を買われ闘蛇のなかでも特に強い〈牙〉たちの世話を任せられていた。ある日、なぜかすべての〈牙〉が突然死んでしまい、母はその責任を問われ処刑されることとなった。エリンは母を助けようと必死に奔走するも失敗、母と引き離され天涯孤独の身の上となってしまう。その後、蜂飼いのジョウンに助け出されたエリンは彼と共に暮らすうち、山奥で天空を翔る野生の王獣と出会う。その姿に魅せられたエリンは母と同じく獣の医術師になることを決意し、ジョウンの昔なじみでもあるエサルが教導師長を務めるカザルム王獣保護場の学舎へと入舎する。

II 王獣編
王獣保護場で傷ついた王獣の仔・リランに出会ったエリンは、リランを救いたい一心で献身的に治療にあたり、その成り行きで王獣を操る術・〈操者ノ技〉を見つけてしまう。四年の月日が流れたある日、エリンは霧の民から『「決して人に馴れない獣、決して人に馴らしてはいけない獣」である王獣を操ることは、大いなる災いを招く』と警告を受ける。警告を甘く考えていたエリンだが、やがてその理由を身をもって知ることとなる。王国の命運を賭けた争いに巻き込まれていく中、エリンは真王の護衛士の一人・イアルと心を通わせていく。




読んでいてやはりこの小説家の凄さを知るのは、ファンタジーであり、すべての世界観が空想物であるのに、まるで現実に、そしてすぐそこにあるように思えてしまう、五感で感じてしまう文章表現を自然に展開しているのを読んだときです。小説ですから、読者に読んでいる箇所をイメージさせることができなければ小説家としての技量が問われるところですが、ファンタジー物はなおさらその技量をより鋭く問われることになります。なにせ、ファンタジーの世界に登場するものは、すべて空想なのですから。

また、上橋作品の魅力というのは、数々の動物の生態を躍動感とともに描ききっていることと、彼女の専門研究である民俗学の知識がそのまま作品の背景として重厚さを増しているということだと思います。「精霊の守り人」もそうでしたが、とにかくこの「獣の奏者」は、獣医師の物語ですから、獣たち、または虫などの小動物も含めて、動物たちの生態の描き方にリアルさがなければなりません。完成されたリアルさがあるからこそ、読者は感動し、上橋世界に魅了されていくのだと思います。描いている内容は、まさしく汚く醜い、大人の政治の世界です。しかし、この作品は小さな子どもにもぜひ読んでほしいと思います。「命の重さ・怖さ・儚さ」、これらを見事に書き込んでいるこのファンタジー作品は、年齢に関係せずに読むことが可能ですし、それ以上に子どもたちに読んでほしい情操教育上の価値があると思うからです。

さすがは、当代きっての作家といえると思います。
まだ上橋作品にふれたことのない方は、『精霊の守り人』シリーズもあわせて、お読みになることをおすすめいたします。




最後に否定的評価をするのもなんですが、彼女の『精霊の守り人』シリーズはとてもぼく自身は感情移入できる、共感できる作品群でした。主人公たちの人間くささが、リアルなものだと感じることができたからです。しかし、この『獣の奏者』はどうしても主人公たちの人生観に共感がぼくはできないのです。主人公エリンは、暴走した『風の谷のナウシカ』じゃないか、と思ったほどです。

主人公の親族が作品でこういう発言をしています。
「この娘は、だめです。自分の感情を最善のものと信じている。なにを言っても、聞かないでしょう」

まさしく、その通り。自らの判断こそがすべての社会関係のなかで最優先されるという戦後民主主義の悪しき自律主義を具現化した何物でもない気がするのです、作品全体を通して。どんな理由があるにせよ(その理由が作品のなかでいちばん大切なのですがwww)。『精霊の守り人』の主人公たちの姿勢が「個人主義」であるならば、この作品の主人公たちは「孤人主義」だと言えます。どちらも悲しみを抱いて人生を歩む主人公たちではあるのですが、『獣の奏者』の主人公たちの姿勢は「恨み」と「隔絶」が根底にあるからなんだと思います。だからこそ、どうしても共感できませんでした。ぼくは『精霊の守り人』シリーズなどが大好きな故に、この作品は早く読み終わりたいという気持ちでいっぱいでした。読まなければならないと思うほどの文章の運びがあり、傑作と評してよいと考えるだけに、作品世界に共感できないことが残念でなりません。

ちなみに、NHKでアニメとしても放映れました。
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03:20  |  【 こんな本を読みました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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