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2009.11.21 (Sat)

「これほどまでして、ローマ帝国は生き延びねばならなかったのであろうか」。それは中世のはじまりの姿だった―。

塩野七生の「ローマ人の物語(37) 最後の努力(下)」を読み終わりました。
やはり、女流作家の醍醐味というのは、男性の小説家では描くことがなかなか難しい心理描写がとてもうまい、ということだと思います。

「ローマ人の物語」もとうとう佳境に達してきました。
強大化した、広大化した、ローマ帝国統治の再編成のために「四頭政」が考えられたわけですが、それが帝国内の権力闘争を激化させ、また帝国にとって最も重要な防衛体制が崩壊・変質しはじめるきっかけになります。

「四頭政」の再編成は、ローマ帝国本来のたったひとりの集中的な権力者の体制にもどるわけですが、それは独裁君主制へと変質させ、「ローマがローマでなくなる」はじまりとなっていきます。そして、同時に起こるキリスト教の台頭。キリスト教の台頭が、ローマ社会の社会秩序概念を変えていく。すべてが変化のはじまりでした。まるで、ローマ帝国は断末魔を叫ぶように、社会改革を行っていく。歴史学者はその有様を「これほどまでして、ローマ帝国は生き延びねばならなかったのであろうか」と表現しました。ローマが滅びていくのです---。

ローマを学ぶことは、現代社会の混迷をどのように解決していくのかを考えることと同じなのです。
ローマとは「世界」であったのですから。



気になったセリフは、以下のふたつ。

◆防衛をどう考えるかは、住民共同体としての国家をどう考えるかと、結局は同じことになる。なぜなら防衛とは、個人の努力では限界があるのを国家が代わって責任をもつ事柄の第一であるからだ。ローマ人は帝政時代でさえも、共同体を意味する「レス・プブリカ」(res publica)という概念を好んだ。帝国全体が一つの大きな家であり、そこに住む人々は皆、ローマ帝国という大きな「ファミリア」(familia)の一員なのであると。私はそれに運命共同体の文字をあてたが、ローマ人の言語であるラテン語にはそれはない。彼らはただ単に、「ファミリア」と呼んでいたのだった(41pより)。

◆指導者ないし支配者とは、指導する人々や支配下にある人々の欲求、ないしは需要、を汲み上げてそれを現実化するのが任務であると思いこんでいる人は多い。だがそれは、民主主義を、深くも考えずに鵜呑みにしているからであって、それよえにこの種の「任務」は、凡百の政治家のモットーになっているのである。もちろんこれも、彼らの任務ではある。だが、任務の一部ではあってもすべてではない。需要には、すでに存在する需要もあるが、喚起してこそ生まれてくる需要もあるからである(117pより)。
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05:35  |  【 こんな本を読みました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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