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2009.11.21 (Sat)

そうだ、浅草へ行こう。 3

20091107000027

浅草寺を弁天堂の所から入っていくと、宝蔵門辺りに出てくるとことができます。
ふだん、雷門→仲見世通りという道しか歩かないものですから、隅田川の方向から横に入ってくるのは初めてです。
浅草寺の横は、ラブホテル街だったことをはじめて知りました(笑)。

弁天堂の横には、鬼子母神や仏像などが安置されています。
写真は、観音・勢至二菩薩の金銅坐像を後姿から撮ったものです。この「二尊仏」は、一般に「濡れ仏」という名で知られています。蓮台も含めて4.5メートルもの高さがあり、江戸初期の仏像だそうです。
結構何回か浅草には来ていましたが、この仏像などが安置されていることには気づきませんでした。
街歩きは、本当に「再発見」の連続ですね。

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お寺というものは、やはりライトアップが似合いますね。
とくに、この朱色系統のデザインをされているお寺は、闇夜の暗さと人が創りだす光の強さの微妙な調和は、なぜこれほど人を惑わすのでしょうか。

まるで、小野不由美さんの「東亰異聞」の世界ですね。
彼女の作品に、このような台詞の掛け合いがあります。

「いつも不思議に思うのだよ。正しいのは昼なのか、夜なのか。それとも、どちらも正しくて、昼と夜と繰り返していくのが正しいのか」
「そのようなもの問うてどうなさる」
「昼と夜、光と闇が繰り返すのが正しいのなら、人の心もそのようなものであってもおかしくないとは思わないかい?なのに人の心に闇が落ちるのを誰も誉めはしない。人は昼でいるのが、それだけが正しいと言わんばかりだ」
「悋気ならありますわいなぁ」
「そんなものは人の心に落ちた黄昏にすぎない。闇とはもっと暗く、そして穏やかなものだ。ああ、ひょっとしたら、誰も光が何なのか知らないのかもしれないね。誰もが昼だと思っていたら、実はそれが夜なのかもしれない。瓦斯灯で照らされた通りを昼と勘違いするように」
「・・・夜語りならば、もっと他に話もあろうに。お前さまは理屈ばかりを言わっしゃるかぇ。お前さまはほんにわからぬ」
「もし闇に染まった人間がいたら、会ってみたいと思わないかい?その者はやはり鬼のように見えるだろうか。ひょっとしたら、菩薩のように見えはしないか」
「女ならばいっそう良いかぇ」
「女ならお前の姉妹に、男ならお前に添わせてやろうか」
「どちらも欲しゅうないわいな」
「その格好で悋気を見せるものじゃないよ」
「ただね、どうしようもなく闇に惹かれるのだよ。人の心の闇にねぇ・・・」

浅草とは、そういう世界にみえるのです。
近代化の歪みのすべてが美しくも醜くもみえるそんな街のような気がするのです。

20091107000033


浄土真宗本願寺派の我が家のなかにあって、神道まっしぐらなぼく(!?)は、もちろん浅草神社へと参拝をいたしました。いや、本来、日本の歴史は神仏習合そのものであり、無理な明治以降の宗教政策が日本本来の宗教のあり方を歪ませてしまったと思うのです、個人的には。

さてさて、この浅草神社のHPはとってもおもしろいのです。
まず、巫女さんのブログ「巫女の独り言」というものが面白い。なんか、「ほっ」ととするんですよ、「ほっ」と。そんな文章のブログだなぁ、と感心してしまいました。ブログはこちら

あと一点面白いのが、この神社の由来を紹介するページです。そこには、こう書いているのです。

「これによると創建は今を去る千三百五十年程の昔ということになりますが、これは少々無理のようで、平安の末期から鎌倉にかけて権現思想が流行しだした以後、三氏の末裔が崇祖のあまり浅草発展の功労に寄与した郷土神として祀ったものであろうと推定されます。奇しくも明治維新の神仏分離令により浅草寺との袂を分かち、明治元年に三社明神社と改められ、同6年に現在の名称に至ります。」

神道のあり方って、こうあるべきものだよなぁ、と感心する文章と感じませんか?

たとえば、教育勅語の頭部分を覚えておられますか?
「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニヲ樹ツルコト深厚ナリ」
という部分です。
これは現代的にいうと、
「私の思い起こすことには、我が皇室の先祖たちが国をお始めになったのは遥か遠い昔のことで、そこにお築きになった徳は深いものでした」
というものになると思うのですが、これは率直にいうと一部の方には「いい加減」「非科学的」「非合理的」といわれるところかもしれませんが、「国がいつはじまったのなんてよく分からないし、知らないよ。ぼくたちが分からないぐらい、ずっと昔のことさ。でも、よくぼくたちには分からないところに、先祖達が歩んできた歴史や重みがあるんだよねぇ。そのよく分からないのを大事にしてきたいのさ」なんていう考え方こそが、神道であり(政治学的にいうと諸神混在主義というやつです)日本文化の大切なところだと思うのです。

宗教というのは、明確な経典・教祖・教義・起点があらねばならぬ、またそのように見せるものと思われるかもしれませんが、そういうような見栄が一切ないところに、この神社のHPのすごさをみた気がします。(え、言いすぎ?笑)

いや、本当に感心しているのです(笑)。
HPはこちら


@だいすけ。
「ぼくは日本文化は『樹の歴史』だと思ってているんです。根(歴史)をはり、葉(国民)を茂らせ、幹(皇統)が太くなっていく。そう考えれば、明治陛下の教育勅語の表現の仕方というのは、とても日本的なものを示しているのだと思うのです。十二の徳目ばかりに注目するのでなく、そのはじめと結びの表現こそ重要だと思うのです。どこの世界に、君主自らが、国民に向かって、『私自身もそのような徳をつめるように、国民皆と共に歩んでいきたい。ただそれを希います』なんていう国がありますか?このすごさ、君民一体の自然性こそが、日本が世界に誇るべきものだと思うんです」
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04:54  |  【 こんな処に行ってきました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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