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2009.05.05 (Tue)

そうだ、有田へ行こう 2

20090505153025


車を停めた駐車場のうえに、神社がありました。
「石場神社」といいます。
朝鮮から連れてこられ、日本で陶器の祖となった李参平の磁器製座像を祀っています。


20090505153034


李参平とは (Wikipediaより)

忠清道金江(現・忠清南道公州市反浦面)出身。1592年(文禄元年)、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、有田を含む肥前の領主であった鍋島直茂が日本に連れて来た陶工たちの一人で、金ヶ江三兵衛の名を与えられた。

なお、今日一般に呼ばれている「李参平(李三平)」という朝鮮名は、金ヶ江三兵衛が参平(あるいは三平)とも記されること、金ヶ江家の文書に本来の姓が李氏であったと記されることから、後世推測された名である。

はじめ鍋島直茂の重臣多久安順に預けられ、小城郡多久に住んだ。一般に知られている説話によると、李参平は磁器生産に適した白磁石を求めて鍋島領内各地を転々とし、1616年(元和2年)に有田東部の泉山で良質の白磁石の石場を発見した。李参平はここに天狗谷窯を開き、日本初の白磁器を焼いた。これが有田焼の起こりである、という。

有田の龍泉寺の過去帳には、1655年(明暦元年)没、戒名・月窓浄心居士と記されている。李参平の墓所は長らく忘れ去られていたが、1959年に天狗谷窯付近で戒名を刻んだ墓石が上半分を欠いた形で発見された。現在は墓石は白川墓地に移され、「李参平の墓」として有田町指定史跡となっている。
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