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2009.03.03 (Tue)

そうだ、京都へ行こう 08

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日記の更新を少しあけてしまいました。すいませんm(__)m。いまちょっとした“仕掛け”づくりをやっているものですから、バタバタしていました。

さて、京都研修報告の続きです。

最終日はまず、ホテルのすぐ近くにある京都御所に行きました。ぼくは夕暮れ時の京都御所ってとても好きなんですが(御所だけじゃなくて、京都って夕暮れが本当に映える町ですよね)、朝の景色も素敵ですね。

ぶらぶらと散策していたら、“学習院跡”を見つけました。学習院卒業生が多いグループなので、皆さん、思うところがあったのではないでしょうか?ぼくは大学入試(自己推薦)のときは学習院を落とされちゃいましたが(笑)。

現在の京都御苑の管理というものは環境省が管轄しています。京都御所は宮内庁が管理していますが、公園としての京都御苑は環境省の管理なんですね。そして、東京とは別に、この御苑の中には、迎賓館があるのですが、ここは外務省の管轄となっています。実はぼくはいままでこの違いを知りませんでした(汗)。

京都は桓武天皇が遷都をなされてから、明治天皇の江戸行幸がなされるまで1000年間のわが国の都でした。応仁の乱をはじめ、途中何度も戦災にあい、荒廃してしまいますが、安土桃山・江戸の時代を経る中でその姿もかつての美しさを取り戻していたようです。

しかし、京都が再び荒廃をはじめるのは、皮肉なことに禁廷が江戸の徳川幕府から大政を取り戻した明治維新期からはじまるのです。明治維新のスタートをどの時点から考えるかは難しい問題だと思いますが、明治の執政をはじめるのは、明治天皇の江戸行幸から考えてよいのではないでしょうか?
この時に、明治天皇とともに都に住んでいた公卿たちも江戸・東京へ移り住むようになります。もちろん、公卿だけではありません。公卿たちの生活を支えていた多くの職人たち、生業人たちも、ともに江戸・東京に移ります。この大量の人口流出が京都の都市機能・経済機能を荒廃させてしまいました。

明治10年には、すでにこの荒廃の様があきらかであったようで、明治天皇は京都御所周辺を含め、その保存に尽くすように命ぜられています。この命を受けて、当時の京都府が御所周辺を整備し始めたのが、現在の京都御所のはじまりになります。昭和24年には、国民公園として広く公開されるまでになりました。

いまでは京都市民の憩いの場の京都御苑、ゆっくり散策し、当時の様を思い浮かべるのも、風流ですね。
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19:40  |  【 こんな処に行ってきました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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