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2011.01.29 (Sat)

そうだ、伊勢へ行こう! 10

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伊勢神宮をよくテレビでみる時の風景というのは、皇大神宮(正宮)でしょう。
第11代天皇であらせられた垂仁天皇の御世である垂仁天皇26年(紀元前72年)に鎮座されてから、2000年たつお宮になります。
天照坐皇大御神が勿論、お祀りされています。
20年に1度、式年遷宮の大祭がおこなわれるのは有名ですね。
次回は平成25年(2013年)に行なわれます。

さて、多くを語ることをよしますが(苦笑)、この伊勢神宮のあり方を考えるときに、
天照坐皇大御神を、

第10代 崇神天皇の御世  皇居→大和の笠縫邑にお遷しされました。
第11代 垂仁天皇の御世  皇女倭姫命に国々を巡幸させる。伊勢の地にてお祀りする。
第40代 天武天皇の御世  式年遷宮の制を制定
第41代 持統天皇の御世  第1回内宮式年遷宮

というのを考えれば、「宗教革命=政治改革」であった古代社会において、朝廷を中心とする政治が「天照坐皇大御神」をどのように扱ったのかは、とても重要なことだと思います。

弥生の神々→鬼道→神々の混在→仏教→・・・

へと至る間に、政治改革が行なわれていることはとても面白い現象だと思います。
まぁ、そのような歴史の真実を解明すればするほど、皇室の「万世一系」の正統性は揺るがなくなると思いますが。結局、男系でつながっていくのですから。ただし、どのような政治思想や国際政治背景が影響していたのかを解明することは、日本史の本質を明らかにしていくうえで、とても重要なことだと思います。懼れることなく、古代史解明に向けて挑戦していくべきです。


さて、伊勢神宮ですが、(別に特別な能力があるわけではありませんが・・・)

天照坐皇大御神の荒御魂をお祀りしている荒祭宮と、
伊弉諾尊の御子神である級長津彦命、級長戸辺命をお祀りしている風日祈宮は、

なにか、とっても重たい空気を感じました。
決して恐いというわけではないのですが、なにか凛とはりつめたような雰囲気です。



伊勢神宮を後にして、名古屋まで帰りました。
また、機会をみつけて、もっとゆっくりと伊勢めぐりをしたいと思います☆

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2011.01.21 (Fri)

そうだ、伊勢に行こう! 9










おはらい通りを入り口として、伊勢神宮内宮の鳥居が立っています。
その下には、五十鈴川が流れています。

伊勢神宮は皇大神宮といいますが、豊受大神宮と比較することで「内宮」とも呼ばれています。
神宮の宮域は約5,500ヘクタールもあります!といっても、その広さを実感することは難しいと思います(笑)。その広さは、伊勢市の1/3を占めます。東京都で言えば、世田谷区の大きさと同じです。甲子園球場の1,300倍もの広さだそうですよ!

もちろん、お祀りもうしあげているのは、天照坐皇大御神です。
御皇室の祖神であり、日本人全員の総氏神様でもあります。

内宮への入口、五十鈴川にかかる宇治橋を渡って、内宮へと入ります。
鳥居や橋は、『カミガミの世界』への入り口(結界)です。
心を落ち着け、渡ります。

この宇治橋も20年毎にかけ替えていきます。
式年遷宮の4年前に掛け替えられることになっています。
まさに、「再生」を体現しつづけているのが、この伊勢神宮といえるのではないでしょうか。

天気がよくて、大変よかったと思います。
表現しようのない五十鈴川の美しさに感動しながら、宇治橋を渡りました。
この光景をみるためだけでも、伊勢神宮に参拝する価値があると思いました!


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2011.01.15 (Sat)

そうだ、伊勢へ行こう! 8。










おかげ横丁をぶらぶらした後は、入り口にあります赤福さんに、お餅を食べに行きました。

営業停止の時期もありましたが、やはり、このあんことお餅の組み合わせは最高ですね!!お土産として持って帰れると最高なのですが、それはムリなので仕方ありません。

正月近くなり、餅つきなどもやっておられましたが、日本人にとってお餅はなくてはならないものですね。

小さいころ、お餅を喉につまらせたことがあって、それから物を飲み込むという作業に抵抗を感じてしまっているのですが(笑)。だから、ぼくは錠剤を飲むのが苦手なんですけど。

さて、いよいよ伊勢神宮内宮へ参拝です。
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2011.01.12 (Wed)

そうだ、伊勢へ行こう! 7。









猿田彦神社を出たあとは、まっすぐ内宮方面へ戻ります。
神宮会館の前には、おかげ横丁があります。
江戸時代末期頃の門前町を再現した通りで、あの赤福さんの子会社である伊勢福さんが運営をしています。

1993年に完成した通りですが、入るのにまったく入場料などとられません。
一見、赤福さんにとって損出以外の何物でもないように思えますが、伊勢神宮やおはらい町通りの観光価値により付加価値をつけており、全体的な伊勢への集客に役立っているように思えます。

地域振興への貢献とは、決して短期的な損ではなく、長期的な付加価値の創造をなします。これこそが、日本の商人たちが古来より培ってきた商人魂であり、「日本的経営」の真髄でしょう。

僕の友人(先輩)に、江戸商人の経営理念を研究している韓国人女性がいます。この女性が研究している専門は、近江商人なのですが、彼女が研究分野に興味をもったのは、商人たちの社会貢献の素晴らしさなんだそうです。
彼女はこの研究をきっかけに、結婚する時は神前結婚式がしたい、将来は日本人になりたい、と思ってくれました。ひとりの日本人として、日本のことを誇りに思ってくれることは、ありがたいと思います。

しかし、運営が難しいことも分かります。
このようなタイプの経営事業の広げ方は、バブル崩壊以降、各地で失敗をみせています。しかし、その崩壊以降分かったことは、現在の地域経済を維持しているのも尚各地有力企業や有力者の「魂」なのです。

門司の出光さんなど、その例は枚挙がありません。
地域振興のために失敗と改革努力を続けているところといえば、長崎ハウステンボスがあります。このおかげ横丁は、高山や小布施をモデルにしたと聞いています。

ぼくは、このハウステンボスを創ったチームの人たちの中のお一人に、この6年ほど教えを頂いています。その方から学んだことも「日本的経営の心」でした。自分が行っている活動に対して、大変賛助くださってもいます。日本人としての誇りと美徳を磨き続けることこそが、長期的に企業利益を増進し、社会益を創出すると教えられました。

伊勢神宮への参拝だけでなく、「地域経営」というテーマでもっても、この伊勢の地には来るべきだと思いました。これからは、地域経営者の時代が到来するはずです。独自の地域再生がやがて、日本再生へとつながっていくはずです。


おかげ横丁に、宝くじ売り場がありました。
その宝くじ売り場には、幸運の蛙が置いてあり、頭に宝くじを乗せ、頭をさわり、祈ると当たりやすくなるそうです。
(ぼくは当たりませんでしたがwww)
しかし、まぁ、縁起ものとして、こういうところで、宝くじを販売しているのはいいと思います。
宝くじは、神社やお寺ではじまった「富籤」を起源にしているのですから、神社がある地域で宝くじ売り場があるのは、むしろ当然なのかもしれません。

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2011.01.10 (Mon)

そうだ、伊勢へ行こう! 6。




昼食を食べたあとは、まずは猿田彦神社へ参拝しにいきました。
ルート的に内宮をスタート地点にして、横丁を通り、猿田彦神社を折り返し地点として、ぐるっと戻ってくるという感じです。

猿田彦神社は、猿田彦大神をお祀りしている神社です。
カタカナで『サルタヒコ』と書いた方が、なじみがあるかもしれません。
『古事記』や『日本書紀』に記載されています天孫降臨の際に、大活躍する神さまです。

神武天皇の曽祖父にあたる天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命が天から降臨なされた時に、その迎えと先導を担ったのが、この猿田彦大神になります。

『古事記』には、「竺紫の日向の高穂の久士布流多気に天降りまさしめき」と降臨の土地について書かれており、この場所で天孫をお迎えしたそうです。

本殿に真向かう形で、天宇受売命を祀る佐瑠女神社が鎮座されています。猿田彦に応対して、天孫降臨を補佐した神さまですが、天岩戸隠れの時に踊りを舞った神さまといえば、多くの人が知っているでしょう。ですから、芸能の神さまとしても、篤く信仰されています。

最近のパワースポットブームで、恋愛の神さまとして、有名です。
なぜ、そうなったのか・・・はなはだ疑問ですがwww


さて、高千穂に天孫が降臨したとなっていますが、この高千穂に関しては、現在の宮崎にも、鹿児島にもその地名があります。どちらが、本当の高千穂なのかという論争がいまも続いていますが、僕自身は本当に天孫が降臨なされたのは(つまり、後の統一王権の淵源地が)現在の南九州であったのかは疑問だと思っています。

日本神話そのものを否定するつもりは毛頭ありません。
むしろ、その解釈が難しいと思う、と言いたいのです。

まず、『日本書紀』そのものが、藤原不比等によって創られたものであることを見逃してはならないと思っているからです。日本神話の原型は確かにあったのだと思いますが、そこに手が加えられていないかといえば、慎重を期さざるをえません。

また、高千穂を中心とする皇祖文化の理論固めは、明治以降に本格的になっているということです。

そして、『日向』という行政地は、7世紀後半にやっと確立・安定をみせます。それまで、この地域が大和王朝の支配地域に入っていたかといえば、疑わしい。古事記なり、日本書紀に従ったとしても、高千穂は『日向』ではなく、『筑紫国の日向』となっています。とすれば、天孫が降臨なされた土地は、宮崎や鹿児島の南九州ではなく、福岡を中心とした北部九州ではないか、となるのです。

まぁ、僕は専門家ではないので、詳しい話は研究者にあずけるとして、僕個人としては、諸説ありながら、それでも、日本神話は事実に近いと思っています。それは、「日本」というものをつくりあげる『物語』として重要な位置を有している以上に、やはり、その神話に近い史実が存在していたのだと思うからです。

それは、やはり大和朝廷の成立と神武東征の関係性です。
なぜ、大和に王権を確立した朝廷勢力が、その淵源を『日向』にもとめるのか。なぜ、『西征』したのではなく、『東征』したのか。王権の権威を確立するためには、日本神話のロジックでは、権力者の視点に立場にたてば、非常に弱いものです。その弱いロジック、何度か征伐に失敗するという物語を有するものをあえて皇国の歴史としたのか。それを説得力をもって説明できるヒトはいないのではないでしょうか。ならばこそ、日本神話の真実性が増すのだと思います。

歴史とは面白いものです。
まるで、ミステリー小説のように謎が深い。
しかし、その謎の在り方にこそ、その民族の在りようが表されていると思います。どんな内容のものにしろ、少なくとも、日本神話は日本民族の建国史として受け入れられ、誰にも否定できない事実として、天皇という御位は世界最長の歴史を有するご存在として現代に続いています。


しかし、鹿児島の霧島に行った時、あの高千穂の山々の麓からみる、空の景色は雄大で、本当に神々が舞い降りてきたのではないか、と思うほどでした。日本神話は雄大なのです。

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12:35  |  【 こんな処に行ってきました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2011.01.07 (Fri)

そうだ、伊勢へ行こう! 5








月読宮を訪問したあとは、タクシーで内宮へ向かいました。
内宮の鳥居前についたのは、10時頃でした。
五十鈴川の岸辺に店を構え、お豆腐料理と穴子料理で有名な「とうふ屋」さんでご飯を食べたいと思っていたので、開店前に少し時間をつぶそうと、伊勢神宮前に広がるおはらい町通りや、おかげ横丁を先に少し歩くことにしました。
色々なお店があるなかで、最近のパワースポットブームなのか、若い女性を意識したようなお店も多く、散策する時間があっという間にすぎてしまいました。

まずは食事♪
食事をした「とうふ屋さん」は、新橋を越え、神宮道場がみえてきましたら、その先を右に曲がった突き当りにあります。

まだお店もあいたばかりのようで、誰もおらず、予約をしていなかったので心配していましたが、すんなり入れました。

ひつまぶし風あなご重膳(並)を頼みました。
2000円です。

「ひつまぶし」って、どうしても『ひまつぶし』と言ってしまいますよね(笑)。
しかし、おいしいです!
名古屋であれば鰻なのでしょうが、元来、穴子が大好きなぼくとしては、あまり違いにこだわらず(笑)。

この御膳はとても量が多かったと思います。
2000円という値段は決して高くなく、適正価格だと思いました。


お昼になるにつれ、どんどんヒトが増えてきて、やはり有名なお店なんですね。とても景色がよく、伊勢に来られた時は、ぜひ♪

ご飯を食べたあとは、近くにある猿田彦神社へ向かいました。

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21:40  |  【 こんな処に行ってきました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2011.01.01 (Sat)

そうだ、伊勢へ行こう! 4





2日目は伊勢神宮内宮へと向かいます。
JRは1時間に1本しか来ないので(。・ω・。)、近鉄線に乗って、鳥羽駅→五十鈴川駅へ行きます。
五十鈴川駅を降りて、徒歩10分くらい先に、昨日参拝した『月読宮』があります。
このお宮を先に参拝いたしました。

昨日参拝した外宮別宮の月夜見宮の月読尊と同じ神さまが祀られていると言われます。

ご縁のいいことに、朝から儀式に出くわすことができました。参拝客が静かに見守る中、儀式は進んでいきます。心が洗われます。

しかし、ひとつ気にくわなかったことがありました。それは、神職の見習いの学生さんなんでしょうが、働いていた方がピアスとかをつけていたことです。

個人がどのようなファッションをしようがまったく構わないし、僕自身もアクセサリー類を身につけるので、ピアスに対して抵抗感はないのですが、しかし、少なくとも神さまの前にお仕えするときは、そういうものは外すべきだと思います。少し残念でした。。。

お宮の前でタクシーを拾い、伊勢神宮に向かいました。

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