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2010.07.30 (Fri)

与野党に必要な景気に関する議論の立脚点とは?

(原稿下書きです -本来は教育史研究者なので、経済は専門ではありませんので、ところどころ書いている内容がおかしいところもあるかもしれません。)


 1929年から1933年にかけてもたらされた世界恐慌は、各国に経済のブロック化を構築させ、それまでの世界的な貿易関係という安定秩序を失わせた。この恐慌により、新古典派経済学は説得力を失い、代わってJohn Maynard Keynesが登場したことは、改めて説明する必要性もないかもしれない。失業者が発生するのは社会の総生産量を決める有効需要が不足しているためであり、laissez-faireを是とする市場経済は不安定雇用の状態になるのが一般的であると考えたKeynesは、この不安定な状態を是正するために政府は積極的に市場に介入すべきだと主張した。しかし、Milton FriedmanはこのKeynesに異論を唱え、世界恐慌が引き起こされた真の原因は中央銀行である連邦準備制度の政策ミスである、と指摘した。また Joseph Alois Schumpeterは、世界恐慌の発生は「景気循環」論(景気循環という言葉を用いたのはWesley Clair Mitchellである)として証明できると指摘する。

 2007年8月のパリバショックを起点として、サブプライムローン危機が勃発した。この経済危機は景気循環のひとつであったと指摘することができる。同じような例をあげれば、10年前にはアジア通貨危機の発生があったし、日本でも北海道拓殖銀行と山一證券が経営を破綻させたという「危機の歴史」がある。また、その10年前である87年にはブラックマンデーが起きた。William Stanley Jevonsは、(商業)恐慌は約10年の間隔が規則的に発生する、同じ種類の出来事のひとつにしか過ぎない、とその周期性を指摘している。

 恐慌のもつ周期的性格を早くから指摘し、世界ではじめて景気循環の側面として「恐慌」を位置づけて分析したのが、Joseph Clément Juglarである。「景気循環の父」と呼ばれることになるJuglarは、「繁栄・恐慌・精算」の時期に分けられるこの規則的なサイクルは大産業が発展するための条件のひとつであり、どのような人為的・偶発的要因があっても、常にその出現を繰り返すと指摘した。このサイクルを、Schumpeterは「ジュグラー循環」と名づけている。大恐慌前、この経済危機をただひとり予測したのが、Roger Ward Babsonであった。John Kenneth GalbraithはBabsonの人物評価そのものを否定するものの、Babsonは世界で最初の景気観測予測機関であるバブソン統計機構を設立し、景気指数「バブソン図表」を開発した。この景気指数の基本理論は、景気の「面積説」である。好況期の持続期間と強さの積は、これに続く不況期の持続期間と強さとの積に等しい、と考えられた。景気面積説は、バブル的な好況がそれ自体の反作用で厳しい不況に転ずることを説明する、最も簡単な理論であった。

 景気周期の長さをもって景気循環モデルを整理することもできる。47~60年周期の長期波動を強く主張したのは、Nikolai Dmitriyevich Kondratievであった。このサイクルを「コンドラチェフ循環」と呼ぶ。20年前後の長期循環を、大恐慌下の1930年にSimon Smith Kuznetsが発見した。この長期循環は、William Arthur Lewisによって、「クズネッツ循環」と名づけられた。この循環の原因を、Alvin Harvey Hansenは建設投資の循環だとみた。先にもみた「ジュグラー循環」は約10年の周期をもつ。Karl Heinrich Marxは、この循環の原因は設備投資が重要な役割を果たしていると分析した。戦後の日本経済のなかにジュグラー循環を見出したのは、篠原三代平(一橋大学名誉教授)である。多くの批判にさらされながらも、「純投資が有効需要水準に対して超過または不足した場合に、企業が資本ストックを加減する」という篠原の理論は、60年代前半の設備投資比率の下降を言い当てている。これらより周期が短くなる3~4年の周期の循環を「短期循環」と呼ぶ。穀物収穫高や人間心理の影響を主な循環の原因と考えられ、Schumpeterによって「キッチン循環」と名づけられた。しかし、現在では、短期循環は在庫投資によって起こると考えられている。これまでの社会資本投資によるコンドラチェフ循環、建設投資によるクズネッツ循環、設備投資によるジュグラー循環、在庫投資によるキッチン循環などの異種サイクルが交錯し、1種類の循環だけでは説明できない波動の普及性を取り去って景気を分析するのが、「複合循環論」である。

 しかし、そもそも「循環」の定義に関しては、1)経済指標の変動のトレンドがあって、それを中心として上方や下方へ乖離する現象だと捉える向き、と2)時間的な周期性だと考える向きかあった。この定義に関しては、多くの経済学者によって議論されてきたが、少なくとも1)累積性、2)可逆性、3)交代の規則性、4)波及の規則性、5)周期性、の5点が特性として共通していると考えられている。また、「景気」の議論の仕方としても、1)方向論(ミッチェル=バーンズ方式)、2)水準論(シュンペーター方式)が存在する。Schumpeterは、方向論を「循環を景気の山から山とか、谷から谷といったように、自分の好みの点や局面から考えることはできない」と批判した。一方、Mitchellは水準論に対して「我々は正常な取引状態、均衡位置を観測することはできない」とその実用上の困難さを指摘している。しかし、そもそも方向論と水準論は補完的関係であり、理論を利用する側が正しく理解して用いればよいだけの話であることを忘れてはならない。

 理論が確立されていけば、その分析道具もまた同時に整理されていくこととなる。景気循環における、その分析手法の発展が、景気指数の作成化であった。バブソン図表やブルックマイヤー社による景気指数「タイムラグの規則性」などが考案されていったが、景気指数の作成において重要な事績を成し遂げたのは、「ハーバード景気指数」である。ハーバード景気指数は、1917年に1)一切の理論的な先入観の排除、2)厳密な予測の可能性の追求、というふたつの基礎原理にたった統計学的な予測方法である。この景気指数は、1919年の恐慌到来、22年の景気回復を予測的中させたが、29年の大恐慌の予測失敗がもとでその信頼を失い、41年には廃止されることになる。失敗の原因は経済理論よりも純粋な統計的手法を過度に優先させ、機械的な予測に固執した点にあるとされている。しかし、三曲線を用いた同指数の基本的枠組みは、55年、全米経済研究所によって先行・一致・遅行の三曲線によるDiffusion Indexが作成され、さらに各採用系列の変化率を合成、指数化したComposite Indexに発展し、今日に至っている。

 以上、簡単に「景気の読み方」の基礎をなぞってみた。景気循環の理論であったり、景気指数の設定整備にあっては多くの有識者によって今後も大いに議論されていくだろう。しかし、景気循環を語る際に必要とする基礎的な観点は、やはり「方向論と水準論」を明確にすることではないだろうか。この論点を混同化させやすいのが、いわゆる「政治家」と称する人たちの不毛な「景気議論」だ。世界的経済危機そして長引く不況のわが国のなかで、徒に議論を遊ばせるのは国益に叶わない。与野党が国益の観点にたち、冷静な理性をもって、明確に「方向論と水準論」を区別認識して景気対策・経済政策を行わなければ、「失われた20年」はそれこそ「失われる30年」になるのではないだろうか。

 デービット・キャメロンは政権交代前の保守党大会で「いまは国の重大事だ。ひとまず政争は横に置き、政府に協力する。我々が一致団結して、金融危機を乗り越え、マーケットや金融機関を安定させることがいま一番大切なことだ。わが党は責任ある野党として、イギリスをこの未曾有の危機から救い出すため、政府と協力して、我々ができることならば何でもする覚悟だ」と党員に訴えた。わが国の景気を議論するうえで欠けている視点とは、そういう立脚点なのではないだろうか。
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2010.07.27 (Tue)

日本に必要な感覚。

【噴水台】マキアベリ
という韓国の新聞記者である中央日報の記事を読みました・・・。


記事の内容は韓国のことですが、まったくもって、いまの日本社会や政治にも足りない部分だと思います。政治家や経営者を志すヒトだけでなく、読書をする時間が十分にある学生もまた、マキアヴェッリの作品を読むことをおすすめします。必ず必ず、「生きていく」という重みを学ぶことができると思うからです。

中央日報の記事は、「マキアヴェッリの作品を読むことによって、韓国政治も冷淡で冷静で貫徹であれ」と説いていますが、マキアヴェッリの真価とは「強いリーダーシップ」のみを説いたのではありません。人間が人間らしく誇りを保つために、どのように他人と接していけばよいのか、恋することの大切さ、明日を常にみつめる強さ、他人を傷つけない思慮深さを、説いているのです。もちろん、フィレンツェの時代背景があり、チェーザレ・ボルジアという一時代の英雄にユリウス・カエサルを重ねあわせたイタリア統一への希望など、君主論の背景はとても深いものがありますが、マキアヴエッリが書いた作品の本質は、法王パオロ五世が「善きキリスト教徒には不適当なもの」と評したようなものではないのです。

彼の作品のひとつである『政略論』に、自分自身に反映させて、とても大事にしている箇所があります。ネット社会が広がる現在、とても大切なことだと、自戒をもって大切にしています。


---『政略論』---
 ある人物が、賢明で思慮に富む人物であることを実証する材料の一つは、たとえ言葉だけであっても他者を脅迫したり侮辱したりしないことであると言ってよい。
 なぜなら、この二つの行為とも、相手に害を与えるのに何の役にも立たないからである。
 脅迫は、相手の要心を目覚めさせるだけだし、侮辱はこれまで以上の敵意をかき立てさせるだけである。その結果、相手はそれまで考えもしなかった強い執念をもって、あなたを破滅させようと決意するに違いない。
 古代ローマ人は、このことを熟知していた。彼らは、本心からであろうと単なる冗談であろうと、この二つの誤りを犯すことほど相手の胸中に憎悪の念をかき立てることはないとわかっていたのである。
 タキトゥスも書いている。
 「どぎつい冗談とは、それが真実からかけ離れている場合はなおさらのこと、とげとげしい後味を残さないではすまないものである」と。
---


マキアヴェッリに関する著作も多い塩野七生は、『マキアヴェッリ語録』の「読者に」という巻頭言で、マキアヴェッリの政治評論の本質をこのように述べています。


---『マキアヴェッリ語録』---
 政治を論じているからといって、永田町界隈や県庁所在地でくりひろげられているものだけを思い浮かべないで下さい。あれも政治なのでしょうが、残念ながらあのような場所で支配的なのは、狭義の政治にすぎません。政治とはもっと広いもので、いってみれば、もてる力を、いかにすれば公正に、かつまた効率良く活用できるかの「技」ではないかと考えています。
 それゆえ、古代のギリシア人も、ホモ・エコノミクスよりも、ホモ・ポリティクスを上位に置いたのであり、歴史を見ても、民族の興亡のはじめには経済力の強大が来、次いで政治力の成熟が訪れる事実が、証明してくれているようです。つまり、人間が、自らの智恵をしぼってやるに値する、「技(アルテ)」なのです。
 だからこそ、マキアヴェッリも、政治に生涯を賭ける想いになれたのでしょう。そして、現代の日本人に求められているのも、このような意味での政治ではないかと私は考えます。
---




---(以下、記事内容) ---

イタリア・フィレンチェの真ん中ににょきっと湧いたドゥオーモ(サンタマリアデルピオーレ聖堂)は八角形の石材ドームでは西ヨーロッパ最初の建築物だ。「花の都市」フィレンチェの誇りで象徴だ。小説と映画「冷静と情熱の間」で2人の男女が10年前の約束を守って再会する所だ。ドゥオーモはニッコロ・マキアベリ(1469~1527)にも格別の意味がある。「ローマ人の物語」の著者塩野七生は「わが友マキアヴェッリ フィレンツェ存亡」で「理由もなく官職から追い出されたマキアベリがフィレンチェ隣近の山荘でドゥオーモを眺めながら自分自身に降り注いだ沸き立つ怒りを思って彼の生涯を書こうと心に決めた」と書いた。フィレンチェ出身のマキアベリはドゥオーモを見て育ち、出世して、墜落してドゥオーモと栄辱を一緒にしたと言う。「自分の魂より祖国をもっと愛した」マキアベリは力作「君主論」の筆を執りながら、ドゥオーモを完全に守ることが君主の使命だと見たのだろう。
マキアベリほど、死後500年たって論難の対象になった人物も珍しい。「マキアベリズム」という用語を生んで専制君主を擁護する冷酷な現実政治理論家と評価されてきた。権謀術数の化身でもあった。「狐と獅子論」が代表的だ。彼は「君主は獅子の力と狐の狡さ」を同時にもつべきだと主張する。「君主は必要な場合、悪を行うことができなければならない」と人間の弱い心理を逆利用せよと注文する。
当時フィレンチェ共和国は周辺強大国の脅威の中で生存を悩む小さな都市国家にすぎなかった。それで専制政治をほめたたえるより「近代国家」のために力強いリーダーシップが必要だとマキアベリは思った。君主政の下で権力をどう獲得・維持して、その方法と手段を論じたのが君主論だ。
進歩学界の巨匠チェ・チャンジブ高麗大学名誉教授が本紙の人セクションjとのインタビューで「今、韓国政治には(共産党宣言の)カール・マルクスではないマキアベリが必要だ」とし「彼が強調した『政治と統治の技術』に韓国社会が目を開かなければならない」と提言した。手厚さとけち臭さ、残忍と慈悲、おべっか使いを避ける方法など君主の資質とかかわるマキアベリの文を読んでみれば自然にうなずける。「自己防衛力を持たない国家は破壊と隷属で終わる宿命を持つ」と軍備の重要性を力説した内容は今日も有効だ。韓国社会が彼を「友達」として呼び出し、本格的な討論をすることも悪くないだろう。
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21:14  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.07.24 (Sat)

意外に量は多いの♪

ガレット


きのうのお昼ごはんは、新宿高島屋のレストラン街でガレットでした☆

クレープだから一見、量は少ないんだけど、実際に食べたら、案外と量が多い!

最近、ガレットにはまってます。家庭料理だから、食べやすい味が多いんですよね♪

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21:11  |  【 こんなご飯を食べました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.07.22 (Thu)

今夜の風は熱い!?

東京湾納涼船1   東京湾納涼船2

今夜は大学院研究室の納涼会で、東京・芝に東京湾納涼船に乗りに行きました。
なかなか、いい経験です。

2時間飲み放題で2500円。
浴衣を着たら、-1000円。

みなさん、結構お得なイベントですよ。
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21:00  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.07.18 (Sun)

【台湾旅行日記】4日め-その5。【牡蠣くえば ドラがなるなり 夜の市】

寧夏4    寧夏5    寧夏6

やはり、同じアジア人だからでしょうか?日本の米(ごはん)にあうこんなにおいしいオムレツがあるのか!と思うほど、ここの蠣阿煎(台湾オムレツ)は美味しいです!

ただし、まったく日本語も英語も通じません。通じませんが、ぜひとも機会があれば行ってほしい!ぼくが台北でオススメするお店です☆寧夏夜市の奥にあります。観光本を片手に『ゼッタイに食べたい!』みたいな雰囲気・情熱をだせば、お店に入れてくれると思います(笑)。

この寧夏夜市のよいところは、台北市民の普段の生活の姿がそのまま見れるところです。他の夜市みたいに、観光化していません。よく両親がやってる屋台のそばで、子供たちが宿題なんかをやっている風景をみると、とっても安らぐことができます。

ぜひ、台北にお越しの際は、松山や士林、淡水だけでなく、寧夏夜市へもお越しください!
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20:36  |  【 こんな処に行ってきました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.07.14 (Wed)

【台湾旅行日記】4日め-その4。【ちょっと地元な夜市とわたしの神さま】

寧夏1   寧夏2   寧夏3

基隆から電車で台北に帰ってきました。そして、夜は…またまたやってきてしまいました寧夏観光夜市。ホテルのそばにあるんだから、当然です☆

この日はなにか地元のお祭りがあったみたいで、旗をもったヒトたちが練り歩くは、道の真ん中で花火をあげはじめるは、『おぉ~、アジアだ!』なんてこのお祭り騒ぎ(?!)にぼくも加わりたい気分☆

何も告げずにたんたんと準備をはじめ、たんたんと花火を打ち上げていくのが、台湾人らしい。このヒトたちの日常には、きっといつも大切な『神さま』たちが微笑みかけているにちがいない。

生きることを楽しんでいる台湾人たちを好きな理由は、やっぱりこういうところにある気がする。

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20:27  |  【 こんな処に行ってきました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.07.12 (Mon)

【台湾旅行日記】4日め-その3。【日本と台湾がつながっている場所】

基隆1   基隆2   基隆3


九分を遊び終えると、バスで山を下り、基隆に行きました。霧雨の町、基隆。引き続き、中華大学の岡崎先生が案内をしてくれました☆

この基隆は、日本が台湾に出会った頃から(悲惨な宮古島事件ですが…)現在に至るまで変わらぬ交流の玄関口としてあり続けています。いまも、沖縄から台湾へは船でわたることができますが、この町に船は入港します。

けっこう大きい町だと思いますが、やはり下町を基礎にしているだけあって、奥深くはミステリーワールドの様相。いや、ぼくはこういう方が好きですが(笑)。

お昼間の基隆は来たことがなかったので、食べる場所を全然見つけることができなかったのですが、岡崎先生が見つけてくださいました。言葉も案内も、岡崎先生に頼りっぱなし(><)!

基隆は、ハリウッドみたいに街の名前を山の上に飾ってるのですが…これ、観光客で気付いているヒトはいるんだろうか(笑)?
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20:18  |  【 こんな処に行ってきました 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.07.09 (Fri)

ファッション感覚でいいのかな?


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20:12  |  【 徒然と 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.07.08 (Thu)

【大河ドラマ】 日曜日が楽しみ☆!

【オリコン】好調“福山龍馬”、関連書籍2作が首位制覇
という記事を読んで・・・。

自分の携帯     ジャンセン

今週の大河はとうとう第2部ラスト。
予告編をみていたら、龍馬が「日本を洗濯する」と言っていましたよね。
ぼくは龍馬の数ある言葉のなかで、これが一番好きなんです♪


『 日本を今一度せんたくいたし申し候 』


一介の脱藩浪士が、巨大な権力そのものである幕藩体制という社会体制を変えてしまった。
いまでいえば、田舎から東京に出てきたフリーターの子が、ゼッタイに改正することも創りなおすことも不可能に近いと言われている日本国憲法を変えてしまった、というくらいスゴイことなんじゃないでしょうか?

もちろん、龍馬ひとりの力ではなく、名もなき草莽の志士たちの努力の結集の結果ではあるんだけれども、やはり「龍馬」という生き方・青春に、あの時代が象徴されているように思います。
よく龍馬はいなかったとか、たいしたことなかったという人がいるけれど、重要なのは「日本人にとっての物語」性なんだと思います。だからやっぱり、それを体現している「龍馬という物語」はすごい!!司馬遼太郎の作品内容に関しては賛否両論あると思いますが、龍馬のあり方を「幕末の奇跡」「世界に通用する物語」と評したことは、ぼくも大いに首肯できます。

携帯も、龍馬風に♪
日曜日が楽しみです!


本といえば、マリアス=ジャンセンの『坂本竜馬と明治維新』(時々通信社)は名著ですよね。政治学・歴史学を勉強している学生さんなんかには、ぜひ読んでほしいな、と思います☆
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20:02  |  【 想う日本のこと 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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