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2009.12.31 (Thu)

ひざの上で寝ている娘。

20091231225353
かわいいなぁ。
新年まであと少し。
がんばれ、娘よ!!


@梅本大介。
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2009.12.31 (Thu)

年越しそばは、牧のうどんのだし

20091231224703
福岡は雪が降っておりました(o>ω<o)。
毎年、恒例ではありますが、自宅の近くにある牧のうどんさんに、年越しそばのスープを買いにいきました。…寒かったです( -_-)。


さてさて、2009年も残りわずかです。

2009年は、出会いの年でした。多くのすてきな出会いをいただきました。どの出会いも、ぼくの大切な宝物です。みなさま、本当にありがとうございました。

さぁ、新年まであとわずかです。また後で、お会いしましょう!!


@梅本大介。
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2009.12.31 (Thu)

自民党に必要なことは、「新しい保守」を目指すこと。

自民党から離党する議員・党員が続出している。
民主党への政権交代以降、自民党党勢の衰退が止まらない。
かつて細川政権ができたとき、自民党が政権を失ったとき、自民党の党本部から出ていく、離党する議員が多くうつされていたのが昨日のようである。
同じ光景をみているように感じる人も、多いのではないだろうか。

本日、吉村剛太郎参院議員が自民党を離党した。



吉村参院議員:自民に離党届 無所属で出馬の意向  (毎日新聞)

 自民党の吉村剛太郎参院議員(70)=福岡選挙区、当選3回=が30日、党本部に離党届を提出し、10年夏の参院選で同選挙区(改選数2)から無所属で出馬する意向を明らかにした。自民党は高齢などを理由に吉村氏の公認を見送り、同選挙区の公認候補は県議の大家敏志氏(42)に一本化することを決めているが、分裂選挙になる可能性が出てきた。
 記者会見した吉村氏は「衆院選で惨敗しても自民党は古い体質のまま。新しい保守政治を構築するには今の自民党には距離感がある。無所属で行きたい」と語った。
 自民党が野党に転落後、離党届を提出した国会議員は4人目。大島理森幹事長は「年が明けてから、いろいろな事情を聴いたうえで(離党届を受理するか)判断したい。参院選には何ら影響ない」と述べた。【斎藤良太、川名壮志】



気になる発言がある。
吉村議員が指摘する「新しい保守」とは何なのか。

たしかに、「自民党は古い体質のまま」という気分は、国民一般が漠然と感じていることでもあるだろう。自民党の党職員・所属する議員・党員は、政権交代以後、次の選挙のために多くの努力を払われていると思う。しかし、その想いや努力が、残念ながら、国民に伝わっていないというのも事実だ。

自民党は「保守政党」と言われてきた。
自民党は「保守合同」により結党され、占領体制からの独立という意味で「新憲法制定」という政治活動目的を掲げてきた。これは、戦後民主主義体制という占領憲法体制を是認しながらも、新しい国家の形を模索するという政治方針であった。これは日本国憲法に対する態度でもあるが、「歴史保守」という保守性として指摘することもできるだろう。なによりも、重要であったのは「国がら」の保守ということである。

この一方で、「経済保守」という考えがある。
これは、池田隼人内閣以降、顕著になってきた自民党の動きであろう。「戦後復興」「経済新生」「東京オリンピック」などの目標をもっていた時代状況を考えると、憲法改定や安全保障体制の改革を横に置いて、経済成長のみにまい進したことは、ある程度理解する必要があるのだろう。

経済保守とは、これまで「小さな政府」論を主導してきたといわれる。
「小さな政府」とはなにか。
これが理解しやすい記事があった。



【佐藤ゆかりが語る】参院選後は「いまの自民党はなくなるのかも」  (産経新聞)

 --ところで、9月の総裁選にどういう感想を持ったか
 「谷垣禎一(さだかず)総裁は非常に温厚なよい人柄の人です。谷垣さんが財務大臣のころは私も同じ財務金融委員会でよく質疑、質問をさせて頂き、非常に誠実で温厚な方だと思います」
 「ただ残念なことに、今の自民党の歴史的局面においては、もっとゴロゴロぶつかり合いながら、戦いを挑んでいくタイプのリーダーシップが党の再生に求められているのではないかと思うのです。それが総裁選のときの私の印象でもありました」
 「『自分はこれを持って党を再生させる』『これをやるんだ』という一筋のビジョンや旗印が見えないのです。これはまさに総裁としての政治的決断です。いろいろな意見や利益が混在する中で、自分はこれをやることによって党を再生し、結果的に国家国民のために尽くすという、党としての一大決意は総裁しかできないのです。ですから、まわりにも温厚で、そうした決意で敵を作ることもあえてしなければ、やっぱり『いい人』で終わってしまう」
 --平成17年衆院選初当選組とときどき会合をしていると聞くが、何が話題になるか
 「現職自民党議員と比べると、われわれ落選組はより一層、自民党の再生に対する危機感が強いですね。『こんなことじゃ新党をつくらなくてはダメだ』なんて言い出す人もいますよ。私は聞いているだけですが…。ただ、そういう意見も飛び出すぐらい党運営への焦りが募っていますね。それは私も感じます」
 「冷静に見ても、これまで党再生会議や政権構想会議といったものが何度か党本部で行われ、東京都連でも今後行われることになっています。こうした会議で出される多くの議論や意見を、執行部がどう受け止め処理するかという点で、やはり自民党はまだ全然変わっていないですね。会議を招集して、落選者も含めてまず意見をいっぱい言わせる、いわゆるガス抜きです」
「しかし、具体的な意見聴取がその後の政策路線や党再生戦略にどれだけ織り込まれるかというと定かでないのです。それどころか、再生会議で挙手をせずにただ座っているだけの人たちばかりが、いざ都連での再生委員会の設置段階になると、委員に名を連ねているではありませんか。ここに自民党の本質があります。いやな意見にも耳を傾ける度量のある組織でなければ再生は無理でしょう」
 --来年の参院選はどうなりそうか
 「私は、自民党のいまの雰囲気を見ていて、衆院選直後は最悪のシナリオと見なされた参院選前後の自民党の分裂の可能性が、より現実的なメーンシナリオに近づいているような印象さえ受けます。ですから参議院選の後はいまの形式のままでの自民党というのはなくなるのかもしれません」
 --古い自民党がなくなるとみていいのか
 「やはり自民党という大木は、ヨハネの福音書『一粒の麦…』にあるように、一度、麦が落ちて土に埋まり、土から新しい芽が出で再び実を結ぶという発想、あるいは、立ち木の枯れた枝葉を剪定(せんてい)して全体に養分をまわして初めて大木の再生が始まる、という考えが必要なのではないでしょうか」
 「この難しい決断ができなければ、本当の活力ある再生にはならないのでは。今は、大所帯の名残で、改革派からバラマキ派まで、さまざまなものの考え方の人たちが混在しているのが現状です。保守政治とは唱えるものの、経済政策になるとバラマキを訴える人もいます」
 「本来の保守主義における経済のあり方というのは、『小さな政府』で民間の自由意思と民主導の成長を尊重しましょう、自助、共助が先にあって、そして最後に必要なら公助をしましょう、という考え方です。保守主義だというモヤモヤとした声はありますが、すべての人がそこまで理解して腹をくくって保守を訴えているとはとても思えません。党内の見解がとても一本化できるような状況にはないようです。『一粒の麦…』の発想もしないと、現実問題として再生は無理ですよ」
 --一方、今回の衆院選では自民党の17年衆院選当選組が多数落選して民主党の新人が大量に当選しました。小沢さんは新人にあれこれ厳しく指導している
 「多分、ここは自民党と民主党とでまったくアプローチの違う部分だと思いますね」
 「民主党は小沢さんを中心に当選1回生に対して、ちょっと行き過ぎにも見えるようなサラリーマン教育をしているようですね。新入社員に対して、こうやって業務はやるんですよと。上司はだれですよ。報告するんですよ。この案件はみんなYESですよ。党議拘束ですよと。反対はしないんですよ。携帯メールには注意しなさいと。そういう行動規範をことごとく教えて、サラリーマン教育でみんなを均一に育て上げようというような手法ですね」
「これは、議員個人の個性を潰(つぶ)して、新しい発想を妨げるような、ある意味古い企業がかつて行った社員教育のようなものですね。ただ自民党は自民党で、逆にほとんど教えません。どちらも両極端で善しあしと思いますね」
 --支持者から民主党の政策への不満が寄せられるようになったというが
 「地元を回っていますと、事業仕分けは批判が多いですね。新しい手法でおもしろいという、いわゆるイメージ的な判断をする人もいますが、一歩食い込んで中身を見る人たちにはあまり評判がよくないですね」
 「私は事業仕分けによって、民主党政権の『ペーパーワーク政治』の実態が早々と表れたと思っています。現実に耳をかさず、自分たちの思い込みであろうと見識不足であろうと、厚顔無恥に先に結論ありきで結果を相手に押しつけるやり方。こういう人たちに権力を握らせてしまっては国がめちゃめちゃになってしまいます」
 「とくに新しい試みとしてチャレンジしていた事業企画などが、効率的に結果が出るか先行き不透明だとの理由でばっさり切られてしまった。彼らは先駆的な大事な試みをしていると懸命なのに、新しいことにチャレンジする人を認めない、まさに思考停止を促すのが民主党政権の政策ですよ。あのような強引な仕分けの対象になってしまった人たちの不満が今、私たちのところに集積しつつある状況です」
--バッジがない生活は
 「やはり議員も勉強をしなければダメですよね。だからインプットも大事、そういう意味では、特に自民党の与党議員であった時は日々の雑務が忙しく、じっくりと腰を据えて5年後、10年後の日本の姿を考えるなどの余裕はなかなかないのです。だからそういう意味でじっくりとものを考えることも大事だと思うんですよね。今のような期間を大切にします」
 --次期衆院選まで最長4年間だ。長くはないか
 「4年間という時間は長いようで、ひとつの物事をやり遂げるのに理想的な時間でもあるでしょうね。どういう時間の使い方をするかによって見方が違うのではないですか。第三の立場でメッセージを発信していく足がかりづくりやプラットホームづくり、大学で客員教授をしたり、そういう活動のためには適切な長さかもしれません」
 「与党議員としてのこれまでの日々の喧噪(けんそう)から離れて、じっくりと政策論にも加われそうですね。経済をどう活性化していったらいいかという、エコノミストの視点でメッセージを発信して行きたいという熱意もありますから」
 --12万票は次への大きな励みになるか
 「そうですね。この大きな民意は捨てられないですし、長きにわたり大事にしていかなければいけないと思います」



佐藤ゆかり前代議士は、自民党が「変化」したといわれる小泉時代の象徴的な人物であるといえるだろう。彼女の専門である金融政策のみが注目され、保守政治家としての彼女の意見はあまり注目されていない。(小泉総理が改正しようとした)皇室典範改正への反対や、夫婦別姓への反対など、自民党がその党の基本的性格としてすえようとする憲法観や社会観というものも彼女は正統的に継承している。その意味では、彼女もまた「歴史保守」としての枠組みに入る政治家であろう。

彼女が指摘するように、経済保守というのが「本来の保守主義における経済のあり方というのは、『小さな政府』で民間の自由意思と民主導の成長を尊重しましょう、自助、共助が先にあって、そして最後に必要なら公助をしましょう、という考え方」というのなら、小泉竹中路線というのが保守のあるべき経済政策であるということになる。
果たしてそうだろうか。
また、その方向性が本当に間違いと指摘されなければならないのだろうか。

いや、そうではないだろう。
戦後民主主義体制のなかで、「民主」と「自由」というのは大きな原則であった。その意味では、市場規制緩和を中心とする経済政策はその伝統の上にたつ。しかし、「市場の失敗」が必ず存在することを考えれば、「政府」の役割は大きくなる。この部分で、「セーフティーネット」が重要となり、郵政民営化などにおける自民党の分裂はこの意味が大きかったのだろう。小泉総理も平沼氏も、郵政問題における国家の歳入歳出構造問題・特別会計問題に対する認識は共有していた。ここはあまり注目されていない点だが、本来の政策論争という意味では、この国家財政問題の方が重要であった。だからこそ、郵政民営化に反対していた議員たちも復党できる余地があったのである。

自民党は、これまで各地の名士が議員となり、党を構成する「議員政党」として歩んできた。公明党や共産党のような、「組織政党」ではない。そのため、どのような政策対立があろうとも、唯一の保守政党・政権政党として、党内で「疑似政権交代」を繰り返すことで、国民の不満をそらしてきた。それは間違っていたことではない。唯一の「国民政党」として、あらゆる国民の意見を党に吸い上げ、政策のM字点、つまり中間バランスを保ってきた。それが自民党のよき特性でもあったことは認めねばならないだろう。自民党はその特質を残したまま、小泉総理の党改革により、その方向性を大きく変え始めてしまった。自民党の混迷とは、そういう部分に大きな原因があるのだと考える。

しかし、いまや「保守政党」は自民党だけではなくなった。
政権政党である民主党もまた、日本国憲法のもとの戦後民主主義体制への認識という点では、民主党もまた「保守政党」である。
民主党だけではない。国民新党や新党日本、改革クラブという諸政党もまた、保守政党であるといえる。その意味では、日本は政権交代が起ころうとも、「保守政権」が続く政治体質であるといえなくもない。
(その保守性というのは、あくまでも憲法と皇室に対する考え方であり、経済・福祉等の政策の在り方に関しては、民主党は、本来は新社会民主主義政党として政策を展開するべきなのだろう。しかし、それは自民党の役割なのかもしれない)

残る問題は、「政府」の立ち位置だけにある。

では、「政府」の役割はどのように変化していくのか。
自民党は民主党を「ばらまき政府」と批判しているが、「小さな政府」「大きな政府」という論の立て方は、「地方分権」(民主党的にいうならば、「地方主権」と呼ぶべきであろう)時代においては、すでに時代遅れである。
語るべきは、「政府の機能」論である。
谷垣総裁が、責任者としてまとめた「道州制の在り方」を、現在では自民党は正式な党の政権公約として採用している。道州制を志向するのならば、中央政府と地方政府の役割の整理、つまり国家における「集権」と「分権」のバランスが問われることになり、この部分で「経済保守」とそれに反発する勢力は、その壁を乗り越えることができる。

では、最終的に自民党は何に依るべきなのか。
それは、やはり「歴史保守」としての立ち位置を前提とした、「新しい保守」なのである。
憲法をどう捉えるのか、国家の行政機構をどう再編するのか、その視点は、日本国の歴史のなかにうずまる「国がら」というものをどう捉えるのか、という問題点にいきつくことになるのではないだろうか。
私は、これを「国がら保守」なり、「統治保守」と言いたい。

その立場から言えば、自民党の再生というのは、どこまでも(一時的にせよ、どんな小政党になったにせよ)「自民党はこういう憲法改正を考えています。そのためには、改正要件を満たす議員数が必要です。そのために、ぜひ、私たち自民党に投票して、議員を増やしてください」という姿勢を強く主張していくことにあるのではないだろうか。
「新憲法制定」という原点に帰り、どのような国家機構に再編していくのか、どのような社会の姿を描いていくのか、という政策提言にこそ、「保守政党」としての自民党の意味がある。

英国の保守党は、次の総選挙で政権を奪回するだろう。もしくは、それが可能なほど、党勢を回復させることができた。
英国保守党は、政権与党からの陥落からここに至るまで15年かかった。
若きデービット・キャメロンを新しい党首に迎え、不断の党改革を行い続けてきた。その努力こそが、英国保守党を存続させつづけてきた。
「健全たる野党」である英国保守党は、「国家の野党」であり続けてきた。
金融危機の際、英国保守党は「国家の野党」としての尊厳をみせた。



「今は国の重大事だ。ひとまず政争は横に置いといて、政府に協力する。我々が一致団結して金融危機を乗り越え、 マーケットや金融機関を安定させることが、今一番大事な事なんだ。我が党は責任ある野党として、イギリスをこの未曾有の危機から救い出すため、政府と協力して我々が出来る事なら何でもする覚悟だ。」

「まず英国を救うことが大切で国内での政争などやっている暇はない」



自民党よ、常に国家を見据える「国家の政党」となれ!!

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01:34  |  【 想う日本のこと 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2009.12.29 (Tue)

御皇室にも東京を離れて頂くことが必要だと考える。

先週、亀井大臣の「遷宮」発言が物議をかもした。現在の民主党政権は、御皇室との関係において問題が噴出している。この問題も、そのような民主党政権の軽さが表面にあらわれた問題であったように思える。

毎日新聞の報道を紹介する。



<亀井担当相>「天皇陛下は京都か広島に」と会話内容明かす (毎日新聞)
国民新党代表の亀井静香金融・郵政担当相は27日、テレビ朝日の番組で、天皇陛下との会食の際、「権力の象徴だった江戸城に今もお住まいになるのは、お立場上ふさわしくないのではないか。京都か、(亀井氏の地元の)広島に(お住まいになれば)」と話しかけたことを明らかにした。亀井氏はテレビ出演後、記者団に対し、陛下が直接の返答を避け、「京都が好きです」と答えられたことも明かした。
 閣僚が天皇陛下との会話の内容を明らかにするのは極めて異例。やり取りのあった会食は24日の鳩山由紀夫首相と閣僚らによる宮中昼食会とみられる。亀井氏は27日、記者団に対し、皇居移転に言及した自らの発言について「明治期に幕府の権力の象徴の跡に入られたことが、その後の歴史で、政治利用みたいな形になってしまった」と説明した。
 番組で同席した自民党の谷垣禎一総裁(衆院京都5区)は「京都では(明治維新の際に)陛下は『ちょっと行ってくる』とおっしゃって東京に行ったままになっている」と語った。
 ノンフィクション作家の保阪正康さんは「(閣僚が所管事項を天皇陛下に報告する)内奏ではないが、現職閣僚が陛下との会話を明らかにすることに軽率さがある。陛下には反論権がなく、我々も亀井氏の話が正確か、判断する根拠がない」と指摘。その上で「現政権は皇室問題についての基本的な考え方を説明すべきだ」と注文した。
 内奏の場合、内容が外に漏れることは天皇の政治利用につながるとの指摘があり、口外しないことが原則になっている。1973年に増原恵吉防衛庁長官(当時)が昭和天皇のお言葉を引き合いに、政府の防衛力増強を合理化するような発言をし、閣僚辞任に追い込まれた例がある。【田辺一城】



この問題に関しては、亀井大臣の政治家としての軽さが一番の問題だ。なによりも、「政治的判断」を現代政治においては、陛下に求めてはならない。今上天皇陛下をはじめ御皇室のどなたも、政治社会外におくこと、これは重要な国民としての「原則」である。先のご会見問題でも、民主党には民主党の外交の考えがあろうとも、「宮中府中の別」を堅持しなければ、この国の民主主義はいとも簡単に崩壊してしまう。それは我が日本民族が2700年かけて守り続けてきた民族統一のための「安全装置」であるからだ。
その意味で、亀井大臣の発言や行動は、政治家としての資質に疑問符をつけざるを得ない。

さて、亀井大臣の政治的責任を別にして、「皇居移転」という議論に関しては積極的に評価したい。なぜなら、「皇居移転」というのは、わが国の行政改革と一体をなすからだ。

法律論をあえて横において指摘すれば、天皇陛下の玉座のある処、そこがわが国においては首都であることはわが国の「原則」であろう。であれば、どのように「移転先」を議論しようとも、陛下が居られる場所が、イコール首都になりうる、ということは認識しておかなければならない。それは1996年に、橋本龍太郎内閣総理大臣が国会にて「首都移転は皇室の座所の移動(御動座)を伴うもの」と答弁している。

その上で、私は亀井大臣と同じように「皇居移転」を唱えたい。私の場合は、「皇居移転」は同時に「首都移転」を示すが。

まず、現在の首都はどこなのか。
これは「東京」である。決して、「京都」ではない。
たしかに、最初に江戸城に入城された明治天皇は、「行幸」という形をとられ、「遷都の詔勅」は出されていない。それは「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」を読めばわかる。
しかし、次の帝である大正天皇は、事実上の「首都東京宣言」を出されている。それは、関東大震災のときだ。
大震災によって東京は壊滅し、陸軍をはじめ遷都論をとなえる動きもあったが(現在のソウルに遷都する計画であったようだ。朝鮮に対して大変友好的であられた大正天皇のご存在も影響したのだろう)、大正天皇は「帝都復興の詔」という詔勅をお出しになる。



皇都復興に關する詔書

朕、神聖なる祖宗の洪範を紹ぎ、光輝ある國史の成跡に鑑み、皇考中興の宏謨を繼承して、肯へて愆らざらむことを庶幾し、夙夜兢業として治を圖り、幸ひに祖宗の神祐と國民の協力とに頼り、世界空前の大戰に處し、尚ほ克く小康を保つを得たり。
 奚ぞ圖らむ、九月一日の激震は、事、咄嗟に起り、其の震動、極めて峻烈にして、家屋の潰倒、男女の慘死、幾萬なるを知らず。剰さへ火災、四方に起りて、炎焔、天に冲(のぼ)り、京濱其の他の市邑、一夜にして焦土と化す。此の間、交通機關杜絶し、爲に流言蜚語、盛んに傳はり、人心、□□[共に立心+胸の右]として、倍々其の慘害を大ならしむ。之を安政當時の震災に較ぶれば、寧ろ凄愴なるを想知せしむ。
 朕、深く自ら戒愼して已まざるも、惟ふに、天災地變は、人力を以て豫防し難く、只だ速かに事を盡して、民心を安定するの一途あるのみ。凡そ非常の秋に際しては、非常の果斷なかるべからず。若し夫れ平時の條規に膠柱して、活用することを悟らず、緩急、其の宜しきを失して前後を誤り、或は個人、若しくは一會社の利益保障の爲に、多衆災民の安固を脅すが如きあらば、人心動搖して、抵止する所を知らず。朕、深く之を憂□[立心+易]し、既に在朝有司に命じ、臨機救濟の道を講ぜしめ、先づ焦眉の急を拯うて、以て惠撫慈養の實を擧げむと欲す。
 抑も東京は、帝國の首都にして、政治經濟の樞軸となり、國民文化の源泉となりて、民衆一般の瞻仰する所なり。一朝不慮の災害に罹りて、今や、其の舊形を留めずと雖も、依然として我が國都たる地位を失はず。是を以て其の善後策は、獨り舊態を囘復するに止まらず、進んで將來の發展を圖り、以て巷衢の面目を新たにせざるべからず。惟ふに、我が忠良なる國民は、義勇奉公、朕と共に其の慶に頼らむことを切望すべし。之を慮りて、朕は宰臣に命じ、速かに特殊の機關を設定して、帝都復興の事を審議調査せしめ、其の成案は、或は之を至高顧問の府に諮ひ、或は之を立法の府に謀り、籌劃經營、萬遺算なきを期せむとす。
 在朝有司、能く朕が心を心とし、迅かに災民の救護に從事し、嚴に流言を禁遏して、民心を安定し、一般國民、亦た能く政府の施設を翼けて、奉公の誠悃を致し、以て興國の基を固むべし。朕、前古無比の天殃に際會して、□[血+都の右]民の心、愈々切に、寢食、爲に安からず。爾臣民、其れ克く、朕が意を體せよ。



この詔勅で明確に「帝国の首都は東京である」と宣言されている。たしかに、明治維新期、重要な政府閣僚であった勝海舟なども自伝において「両都論」を証明しているが、この関東大震災以降、「帝国の首都」に関する明言はこの詔勅以外、出ていない。

戦後においても、法律として「首都」ないし「首都圏」は、「東京」地域と定められた。まず、ひとつは、1950年に制定された「首都建設法」である。東京都において住民投票を実施したうえ(日本国憲法96条規定)での特別法であるが、法律を実施するための首都建設委員会などは内閣総理大臣の任命(総理府の外局)となった。そして、この法律を引き継いだのが、1956年に制定された「首都圏整備法」である。
(「都」だから「首都」である、という認識は間違いである。現在の地方自治法にはそのような解釈はない)

これら法律において、戦後行政体系のなかにおいても「首都」は「東京」に定められたと指摘することができるだろう。戦後行政の裏付けである日本国憲法は、帝国憲法の改正により行われたため、これは欽定憲法であり、最高決定宣言である詔勅の正統性をも引き継いでいると考えてよい(教育勅語の国会失効に関しては、手続き上、問題があるが・・・)。すなわち、日本国憲法の下で制定運用される法律は、日本国の国がらのうえからいっても、正統性をなすのだと考えなければならない。「首都は東京である」と明言している法律は現在はないが、これら諸法の発展課程をたどれば、「首都は東京である」という解釈が一番高い精度をもっているといえるのではないだろうか。
(一部、 日本国憲法無効論を唱えられる方もおられるが、確かに占領過程がハーグ陸戦条約違反なのは明らかであり、ポツダム宣言においても無条件降伏ではなく有条件降伏ではあるため、日本国憲法は無効であるという結論に至るのは、理解はできる。しかし、「有条件降伏」であるがゆえに、国体が継続した日本国政府が進めた憲法改正や行政改革のすべては詔勅行政体系の下にあったといえ、日本国憲法は有効なのである。日本国憲法無効論は、御皇室の権威を否定する形に展開してしまう可能性があるのではないだろうか)

その上で、亀井大臣が発言した意味とは違うが、私は「遷都」に賛成なのである。抜本的な「行政改革」を行うためには、「遷都」「遷宮」(御動座と言ってもよい)が必要なのだと思うからだ。

私がいう「行政改革」とは、①道州制の確立、②現在の省庁体制の刷新、である。現在、国家行政機構改革に民主党政権は挑戦しているが、民主党政権の目玉である「国家戦略室」や「事業仕分け」を十分に効果あるものにするためには、民主党の小沢一郎幹事長がその民主党政権の改革模範としている英国のように、内閣総理大臣に対して自由な省庁再編権を付与しなければならないだろう。英国では国王の権威の下、首相に自由な省庁再編権を与えている。それでも、英国の官僚機構にも問題は山積しているが、その政権毎の国民に対する改革メッセージをもっともはっきり表すものとして、その権限は注目されている。そのような改革権限をもたねば、おそらく日本の官僚機構は刷新できないはずだ。官僚機構を否定するのではない。彼らを「国家の官僚」へと今一度誇りをもってもらうためには、縦割り行政の弊害を排除し、あらたな国家行政機構へと創りかえなくてはならないと思うのだ。

なにより、国会においては天皇の国事行為と一体性を帯びる国会の移転に関して「国会等移転法」がすでに成立しているにも関わらず、各地域の代議士や企業の権益争いなどでまったく進んでいない。それは、民主党であれ、自民党であれ、国会の新たな移転地の選定に関して、決議を出すことを避けてきた。あれやこれやと理由をつけて、審議延期をしつづけているが、国会で決議された・促進されたものを無視している状況は、彼らの職務怠慢のなにものでもない。

首都の要件は三つであると思う。
「王宮性」「政治性」「経済性」の三つだ。
首都機能移転論をとなえるのではない。私は「首都移転」論なのである。その上で、「複都」なり、「副首都」なり、を考えてもよいだろう。


「国会等移転法案」の前文はこうだ。



我が国は、国民のたゆみない努力により今次の大戦による荒廃の中から立ち上がり、かつてない経済的繁栄を築き上げてきた。そして今日、精神的充足を求める気運の増大、多様な地域文化をはぐくむことや全世界との連携を強化することについての認識の高まりに見られるように、時代は大きく変わろうとしている。
 しかるに、我が国の現状は、政治、経済、文化等の中枢機能が東京圏に過度に集中したことにより、人口の過密、地価の高騰、生活環境の悪化、大規模災害時における危険の増大等の問題が深刻化する一方で、地方における過疎、経済的停滞、文化の画一化等の問題が生じるに至っている。これらの諸問題は、単に国土の適正な利用を図るという観点からのみでなく、時代の変化に対応した新しい社会を築く上で、大きな桎梏となっている。
 とりわけ、阪神・淡路大震災による未曾有の被害の発生により、大規模災害時において災害対策の中枢機能を確保することの重要性について改めて認識したところである。
 このような状況にかんがみ、一極集中を排除し、多極分散型国土の形成に資するとともに、地震等の大規模災害に対する脆弱性を克服するため、世界都市としての東京都の整備に配慮しつつ、国会等の東京圏外への移転の具体化について積極的に検討を進めることは、我が国が新しい社会を建設するため、極めて緊要なことである。
 もとより、国会等の移転のみで問題が解決するものではなく、これと併せ、地方分権その他の行財政の改革等を推進することにより、自主的で創造的な地域社会の実現を図っていくことが肝要であり、また国会等の移転をそのような改革の契機として活用していくことが重要であると確信する。
 ここに、国会等の移転を目指して、その具体化の推進のために積極的な検討を行うべきことを明らかにし、そのための国の責務、基本指針、移転先候補地の選定体制等について定めるため、この法律を制定する。



なし崩しでは、行政改革はできない。
首都移転ないし国会移転するにせよ、しないにせよ、国会議員には力強くわが国がどのような国家になっていくのか、そのビジョンを示してほしい。首都移転とは、そういう政策課題を考えるために、最適なテーマだと考える。しないなら、移転諸法を廃止、するのなら、諸法のさらなる整備を。

私は「国家大改造」のために「首都移転」を旗印にした行政改革が必要だと考える。
最後の首都移転派は金丸信代議士だった。
彼の政治家としての評価、政治屋としての評価は別にして、彼は首都移転によって「国家改造」という目的をもっていた。田中角栄・金丸信という系譜を引き継ぐのなら、小沢一郎代議士には真に「国家改造」「列島改造」を今一度提議して欲しい。そして、その上で「道州制の確立」を党の公式な政策に定めた自民党は、民主党に対し、「国家の在り方」「国家の形」という議論をしかけてもらいたい。


「国家」を私たち国民に示して欲しい。

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2009.12.28 (Mon)

「花がキレイなのはね、自分をだまさないから、なんだよ。おばあちゃんが、言ってた。」  最短距離がベストな道とは限らない。

DVDなり、映画館なり、毎週かならず1作品は、映画をみるようにしていた2009年でしたが、今年映画館でみた作品のなかで一番満足した映画はアレクサンダー・ペイン監督の『サイドウェイ』のリメイク作品であった、チェリン・グラック監督の『サイドウェイズ』です。

出演は、小日向文世さん、生瀬勝久さん、菊地凛子さん、鈴木京香さんの4人。



あらすじは・・・ (ウーマン・エキサイト・シネマより)

20年振りにロサンゼルスに降り立ったシナリオライターの道雄と、道雄の留学時代の親友で、かつてはTVのヒーロー番組の主人公を演じた事があるが、今はロサンゼルスのレストランで雇われ店長をしている大介。二人は、大介の結婚式を前にワインの産地ナパ・バレーへドライブ旅行をする事に。訪れたレストランでかつての片思いの相手、麻有子と再会した道雄は、彼女の成熟ぶりにショックを受け、ワインをガブ飲みして酔いつぶれ・・・。



ワインが作品のキーツールとなっているからではありませんが、豊饒な作品でした。
「大人の青春映画」。
そんな言葉で表現できるテイストでしょうか。
これを佐藤浩一さんとか役所広司さんとか、そういう格好いい俳優さんたちではなくて、小日向文世さんが主人公を演じていることが尚更いい出来にしています(笑)。

ふつうのヒトの日常のなかで起こった、ちょっとした冒険、ちょっとした寄り道、そんなちょっとしたなにかの出来事のなかに、いままで一生懸命走ってきた人生でちょっと忘れていた自分の「あり方」を再発見する。
そんな物語。

すばらしい、自然体な映画でした☆
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2009.12.27 (Sun)

そうだ、黒崎へ行こう。 1

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家庭の所用があり、北九州は黒崎へとひとりで伺いました。
ぼくはこの街の近くの折尾という町で生まれましたし、父母だけでなく、祖父母や親せきのほとんどはこの一帯に縁があるので、懐かしさを覚えました。
小さいころは駅前の百貨店などによく遊びにきていたものでした。
しかし、駅前商店街の疲弊など、考えさせられるところもありました。
地域経済の沈滞を目の当たりにしました。
どのようにして、店上げをしていくのか、地域の住民の方は悩んでおられることだと思います。

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さて、今回紹介するのは、黒崎の岡田神社です。
古事記に神武天皇が東征の折に逗留したと記載されている古社であり、黒崎祇園山笠の舞台ともなっています。仲哀天皇に恭順した熊鰐の祖先の熊族が、祖神を祀ったのが始まりと伝えられますが、慶長10年、黒崎城築城により現在地へ遷座しました。

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注目したのは、三条実美公が五卿落ちしたときに、3日間だけ黒崎に滞在するのですが、その際、この岡田宮を参拝したそうです。その時にうたった歌が、碑として立っていました。

「玉ちはふ 神し照らせば 世中の
 ひとのまごころ かくれやはする」


「世の中には善い人や立派な志を抱いた人は、大勢いるがその見分けはつけ難い。しかし神は真実を知り、誠実なものは、いつかは必ず神に通じ、そうして世の中に現われる時が来る。」という意味です。護衛には、西郷隆盛もついていたという伝説があります。西郷隆盛は、どのような気持ちで、この歌を聞いたのでしょうか?



@梅本大介。
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2009.12.27 (Sun)

「取材のヘリは飛ぶのにどうしてドクターヘリは飛ばないの!」 “クロ”か“シロ”が判別が難しいのなら、そこに作品の本質があるのかもしれません。

『ジェネラル・ルージュの凱旋』をみました。
個人しては、前作よりおもしろかったと思います。

最初は単調なリズムで最後まで持つのかなぁ、と不安でしたが、やはり、そこは竹内・阿部コンビ。知らずうちに、自然と物語に感情移入しました。とてもよいできだったと思います。

作品をみていて、聖路加国際病院の日野原重明先生を思い出しました。
過剰な投資と揶揄・批判された聖路加国際病院でしたが、地下鉄サリン事件でその真価を発揮。
外来の受け入れを停止し、すべてのサリン被害者を受けいれる、といった処置を当時の日野原先生はとりました。病院すべてが隅々まで機能しました。それは日野原先生が戦前の空襲被害などをずっと心にとめていて、かならず「すべての患者を受け入れることのできる病院をつくってみせる」と誓っていたからでした。

これは、この作品と通じるところがあると思うんです。


あと、もうひとつ。
この作品には「公共経営」というテーマがあると思います。
市立病院が「経営」という観点からコストカットを断行していく、という背景がこの作品の筋に描かれていますが、本当に「赤字を生むのが悪なのか?」「コストカットすることだけがよい改革なのか?」「公共政策とはなんなのか?」ということを問題提起していると思います。いま、民主党政権になって、「事業仕分け」などが行われていて、考えさせられることは多いと思います。

たしかに、ムダ使いの根絶は、不断の行政改革のなかで努力していかなければなりません。
だからといって、それを「錦の御旗」にして、すべての政策に反映させることが正しいとはぼくは思いません。
こういう判断は難しいと思います。だからこそ、「政治判断」なのでしょうが、そういう意味で、とても考えさせられる映画でした。


「あんたらは、救命救急センターがどうやって回っているのか、疑問に思わなかったのか?」




(以下、シネマトゥディより)

解説: 現役医師・海堂尊の大ベストセラーを竹内結子と阿部寛の主演で映画化した、医療ミステリー『チーム・バチスタの栄光』の続編。ジェネラル・ルージュ(血まみれ将軍)の異名を持つ切れ者の救命救急センター長にかけられた疑惑をめぐり、再び田口と白鳥が事件解明に挑む。事件の鍵を握る速水役には、話題の映画やドラマへの出演が相次ぐ堺雅人。前作に続き中村義洋が監督を務め、複雑な人間関係が絡み合うドラマを前作以上のスケールで描き出している。

あらすじ: チーム・バチスタ事件から1年後、院内の倫理委員会の委員長を務める田口(竹内結子)のもとに一通の告発文が届く。救命救急センター長の速水(堺雅人)と医療メーカーが癒着し、同センターの花房看護師長(羽田美智子)が共犯という内容。彼女が院内調査を開始した矢先、同様の告発文を受け取っていた厚生労働省の役人・白鳥(阿部寛)が再び現れる。
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2009.12.27 (Sun)

「チョコレートと砂糖とミルクと卵黄を混ぜると確実にクリームになって、ホッとするの」  さぁ、めしあがれ!。

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メリル・ストリープとエイミー・アダムス主演の『ジュリー&ジュリア』を見に行きました。以前、小日向文世さんと生瀬勝久さんの主演でリメイクされた『サイド・ウェイズ』を見に行った予告で、とても気になったので、公開初日に新宿武蔵野館に見に行ってきました。
エイミー・アダムスは抜群にかわいいですねぇ☆☆☆
『魔法にかけられて』なんかで知っているヒトが多いかもしれませんね。
ボク個人としては、『The West Wing』のキャシー役なんですけどね♪

ダブル主演なんですが、正直いって、この映画はメリル・ストリープの作品だと思います。
完全に、メリル・ストリープが勝ってしまっています。
まぁ、芸歴の差がみせる実力の差なのかもれませんが。。。
しかし、だからといって、メリル・ストリープ、メインのストーリーにしたら、あまり魅力のない作品だったと思います。そういう意味で、エイミー・アダムスの役割が、隠し味みたいに必要だったんだと思います。



物語自体は、50年前のメリル・ストリープの物語と、現代のエイミー・アダムスの物語が交錯するというものですが、一点だけ分からないところがあるんです。それは、メイル・ストリープが役する女性(ジュリア・チャイルド)がまだご高齢者として生存しているんですが、その女性がエイミー・アダムス扮する女性(ジュリー)に対するコメント・感想が、作品をずっと観賞していると、(ぼくの理解力がないせいかもしれないのですが)ぜんぜん理解できなかったんです。その部分では 『-』 点。
でも、作品のテーマは「元気になれる映画」だ、というところはしっかり共感できます。
とってもポップな映画だと思います。デートにピッタリだと思います。



(以下、シネマ・トゥディより)

解説: 映画『奥さまは魔女』のノーラ・エフロン監督による、すべての女性たちにオススメの応援歌。1961年に出版され、アメリカの食卓にフランス料理の大旋風を巻き起こした料理本の著者と、その本を手に幸せをつかもうとする現代女性の2つの物語を紡ぐ。魅力的な主人公を演じるのは、『マンマ・ミーア!』のメリル・ストリープと、『魔法にかけられて』のエイミー・アダムス。試行錯誤の末に女性として、そして人間として光り輝く彼女たちが勇気をくれる。

あらすじ: 1949年、ジュリア(メリル・ストリープ)は外交官の夫の転勤でパリにやって来る。そこで食に目覚めた彼女は名門料理学校ル・コルドン・ブルーのプロ養成コースに通い、やがて料理本を執筆するまでになる。その50年後、ジュリー(エイミー・アダムス)はジュリアの524のレシピを1年で制覇し、ブログに載せるという無謀な計画を実行する。


@梅本大介。
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2009.12.26 (Sat)

そうだ、北品川へ行こう。 5

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旧東海道さんぽ最後の見学場所は、青物横丁駅近くにある「品川寺」です。
このお寺、なんと読むか分かりますか?
「ほんせんじ」と読みます。
なんと勉強になるブログでしょう(笑)。

空海を開山とし、大同年間に創建されたと伝えますから、1200年の歴史を有するお寺です。境内に入ると、すごく大きな仏像がありますが、これは江戸六地蔵のひとつと数えられています。東京都指定有形文化財に指定されています。とてもすばらしい仏像なので、ぜひご覧いただきたいと思います。

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スイスのジュネーヴ市と品川区は友好都市提携を結んでいますが、そのきっかけになったのは、実はこの品川寺にあります。このお寺にもともと、明暦3年に徳川家綱から寄進された梵鐘がありました。しかし、幕末にあって、これが海外に流出してしまい、パリ万博やウィーン万博などに展示されたりしていましたが、その後所在不明となっていました。ところが、この梵鐘、大正8年にジュネーヴ市のアリアナ美術館に所蔵されていることがわかり、外務大臣幣原喜重郎などが返還交渉に尽力し、ジュネーヴ市議会が品川寺に返還いたしました。そして、平成3年には、品川寺から別の新しい梵鐘がジュネーブ市に贈られ、それを機に品川区とジュネーヴ市が友好提携する運びとなったのです。

幕末期にあって、多くの美術品などが海外に流出しました。
社会の混乱期には、そういうことがどこの世界にもあったんだと思います。
だからといって、別にいまさら、強硬的にそれらを取り戻せとか、奪い返せなどとは言いませんが、ぼくら日本人はもう少しそういう歴史を勉強しないといけないと思います。自分たちの歴史がどういった過去をもっていたのか、ぼくたちは知らなさすぎると思うんです。

@梅本大介。
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2009.12.26 (Sat)

そうだ、北品川へ行こう。 4

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さきの品川神社が「北の天王社」ならば、「南の天王社」とよばれるのが、荏原神社になります。豊受姫之神、天照皇大神、 須佐男之尊、 高龗神、手力雄之尊 を祀っています。中心の神様は、高龗神(なんと読むか分かりますか?『おかみのかみ』と読みます。)です。高龗神は貴船神社(京都市)の祭神でもあり、日本の水の神様を代表とする神様です。また、『龗』とは『龍』をあらわす神様であり、水を支配する神である龍神と一体となるのです。

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ですから、神社はやはり川のそばにあり、龍神を表す装飾が境内に飾られています。
品川神社は、和銅2年に創建され、1300年の歴史を誇ります。それから、水の神さまである龍神として、源頼義・義家が深く信仰したことから、関東武士の拠り所として大変信仰されました。

ちなみに、「天王洲」の地名の由来は、この神社の「天王祭」にあります。


@梅本大介。
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2009.12.26 (Sat)

そうだ、北品川へ行こう。 3

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注目した施設がありました。
「品川宿 おばちゃんち」というものを見つけました。
よく調べてみると、『NPO法人 ふれあいの家 おばちゃんち』という団体さんが活動なされている活動スペースとのことです。
団体さんのホームページから、活動趣旨などを読んでみると、そのお考え(『子どもはそうした社会の中にあって親の背中だけでなく、大人たちの多種多様な生き方をみて、取捨選択し生きています。自分の子は自分がしっかり育てる時代から、子ども自身が選び取る、子育ちの社会化が始まっている』『大人も子どももともに学びあい、育ち合っていくという、「子どもと大人のパートナーシップ」』など)はぼくら修学院の教育理念と違うと思いますが、子供を育てるコミュニティーが崩壊していることは間違いないですから、どのような方法であれ、これを再生させる、回復させる、新生させる、という活動は大変すばらしいと思います。
このような活動がどんどん日本各地域で広がっていけば、とてもよいことだと思います。
ホームページ(http://obachanchi.org/)がありますので、ぜひご興味ある方はチェックしてみてください。
ぼくは素晴らしい活動だと思います。

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さて、次は品川神社に行きました。
品川神社は明治初年に准勅祭社と定められた東京十社のひとつです。文治3年に源頼朝が天比理乃命を祀ったのに始まったと言われます。
民俗文化として、この品川神社には「太々神楽」というものが伝わっています。そして、6月には例祭としてこの北品川にある荏原神社とともに天王祭というものが行われ、この祭事の役割を分担することから、品川神社は「北の天王社」ともいわれているようです。

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さてさて、最近、この土曜さんぽで、多くの神社などに伺わせていただきましたが、各神社に安置されている狛犬というのは、本当にそれぞれの神社で違いますね。というよりも、各地域なり、各作り手なり、という表現をした方がいいのでしょうが、狛犬の様々な表現があることに興味を抱きはじめています。
写真集などでていないでしょうか?
あったら、即、買いです(笑)。

ここだけの話ですが、「狛犬の写真」撮影というのを、趣味にしようかなぁ、と思っています(笑)。
狛犬の美しさ、わからないですかねぇ。。。(苦笑)。


@梅本大介。
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2009.12.26 (Sat)

そうだ、北品川へ行こう。 2

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次にうかがったのは、善福寺です。
しかし、この善福寺は先ほどの法禅寺の手前にあります。

じゃあ、なぜさきに法禅寺を先に紹介したかって?
・・・通りすぎちゃっただけです(笑)。

さて、この善福寺ですが、門の古さがお寺の古さを物語っています。
いや、本当に古い。
もう今にも倒れてしまいそうなくらい、古いです(失礼ですいませんwww)。
1295年(永仁2年)開創、1860年(安政7年)再建ということですから、まぁ、古い。

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お寺の古さもそうですが、このお寺を紹介するには、理由があります。
お寺の壁をみてください。
漆喰を。
わかりますか?
見事な龍が描かれているのが。

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漆喰で龍が描かれているのです。
あまり保存はよくありませんが、この漆喰で描かれている龍は、江戸の名工「伊豆の長八」とよばれた入江 長八の作品なのです。
しかし、伝説的なほどの芸術家(左官職人・工芸家)であった彼の作品は、その作品の部類が漆喰細工であったものですから、関東大震災や第二次世界大戦でそのほとんどが焼失してしまっています。ですから、あまり保存はよくなくても、残っている作品はとても貴重なものなのです。
ぜひ、あなたもご覧になってみませんか?


@梅本大介。

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2009.12.25 (Fri)

そうだ、北品川へ行こう。 1

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12月の土曜さんぽは、北品川へ行きました。
北品川という町は、江戸へ入る旧東海道最後の町(最初の町?)になります。
北品川を俯瞰したい場合は、まずは品川駅から羽田空港行きの京浜電鉄にお乗りになられることをおすすめいたします。
現在の北品川が旧東海道の道筋にそって、町が開発されていることが理解できますし、その流れお寺などが建設されていることがよくわかります。
そして、そのお寺に敷設されているお墓の多さにびっくりします。
品川という地域はこんなにもお墓がいっぱいだったのか、と発見することでしょう。

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北品川駅を降りて、後ろ手にあるすぐ線路を渡ると、そこはもう旧東海道です。
出発するとすぐ近くに、「土蔵相模跡」があります。
高杉晋作や伊藤博文が密議をめぐらし、御殿山焼打ち事件を起こした舞台の中心地ですが、いまでは気付かない人がおおいと思います。
なぜなら、いまではコンビニ(ファ●リー●ートwww)とマンションになっていますから(笑)。

調べ足りなかっただけですが(笑)、偶然歩いていて、「法禅寺」というお寺を見つけました。
最初は、お寺の門が遠くからみていると、煉瓦づくりでとても不思議だなぁ、と思って、近くでみてみたい、と思っただけなんです。
しかし、近付いてみて、なぜ煉瓦造りの門なのかわかりました。
なんと、このお寺は明治7年に創建された、「品川小学校発祥之地」なのです。

20091215231753

その名残でしょうか、お寺は正面からみると、一見ふつうのお寺なのですが、少し横から見てみますと・・・・。
煉瓦づくりなんです。
きっと、学校の跡地に、お寺をつくったんでしょう。
とても、おもしろい、品川の歴史を感じることのできるお寺だと思います。
境内には、天保の飢饉で亡くなった人の供養搭「流民叢塚碑」などもあります。


それでは、次に移動してみましょう☆


@梅本大介。
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2009.12.24 (Thu)

現在、自宅療養中。

インフルエンザにかかってしまいました。
どこで菌をもらったのでしょうか?
2日前まではとても元気だつたのに。

ということで、しばらくブログをお休みいたします。
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2009.12.20 (Sun)

稲田朋美代議士をお招きしての忘年会 in 東京大学。

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@梅本大介。
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14:48  |  【 想う日本のこと 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2009.12.13 (Sun)

「迷いを心に持ちながらも、常に学んでいく姿勢を子どもたちに伝えられる教導師こそ、よい教導師なのだと、わたしは思うわ」 こうして、新米教導師としての日々は飛ぶように過ぎていった。

現在、日本でファンタジー物を書かせたら、小野不由美を除けば、この女性の右に出るものはいないだろう、とほとんどの人が認めるだろう上橋菜穂子先生(川村学園女子大学教授)の『獣の奏者 Ⅰ闘蛇編』『獣の奏者 Ⅱ王獣編』を続けて読みました。上橋さんの作品を、『精霊の守り人』シリーズで知っている方もいると思います。『精霊の守り人』は、野間児童文芸新人賞と産経児童出版文化賞をダブル受賞しましたが、今年にはアメリカにてバチェルダー賞(英語以外で書かれた児童文学のうち、アメリカで翻訳出版された中から最も優れた作品を選ぶ賞。・・・ちなみに、2008年の受賞作品は宮部みゆきさんの『ブレイブ・ストーリー』 )を受賞しているなど、世界的にも注目を集めている小説家でもあります。



【あらすじ】(wikipediaより)
I 闘蛇編
獣ノ医術師である母とともに、闘蛇衆たちの村で暮らす少女・エリン。彼女の母はその優れた医術の腕を買われ闘蛇のなかでも特に強い〈牙〉たちの世話を任せられていた。ある日、なぜかすべての〈牙〉が突然死んでしまい、母はその責任を問われ処刑されることとなった。エリンは母を助けようと必死に奔走するも失敗、母と引き離され天涯孤独の身の上となってしまう。その後、蜂飼いのジョウンに助け出されたエリンは彼と共に暮らすうち、山奥で天空を翔る野生の王獣と出会う。その姿に魅せられたエリンは母と同じく獣の医術師になることを決意し、ジョウンの昔なじみでもあるエサルが教導師長を務めるカザルム王獣保護場の学舎へと入舎する。

II 王獣編
王獣保護場で傷ついた王獣の仔・リランに出会ったエリンは、リランを救いたい一心で献身的に治療にあたり、その成り行きで王獣を操る術・〈操者ノ技〉を見つけてしまう。四年の月日が流れたある日、エリンは霧の民から『「決して人に馴れない獣、決して人に馴らしてはいけない獣」である王獣を操ることは、大いなる災いを招く』と警告を受ける。警告を甘く考えていたエリンだが、やがてその理由を身をもって知ることとなる。王国の命運を賭けた争いに巻き込まれていく中、エリンは真王の護衛士の一人・イアルと心を通わせていく。




読んでいてやはりこの小説家の凄さを知るのは、ファンタジーであり、すべての世界観が空想物であるのに、まるで現実に、そしてすぐそこにあるように思えてしまう、五感で感じてしまう文章表現を自然に展開しているのを読んだときです。小説ですから、読者に読んでいる箇所をイメージさせることができなければ小説家としての技量が問われるところですが、ファンタジー物はなおさらその技量をより鋭く問われることになります。なにせ、ファンタジーの世界に登場するものは、すべて空想なのですから。

また、上橋作品の魅力というのは、数々の動物の生態を躍動感とともに描ききっていることと、彼女の専門研究である民俗学の知識がそのまま作品の背景として重厚さを増しているということだと思います。「精霊の守り人」もそうでしたが、とにかくこの「獣の奏者」は、獣医師の物語ですから、獣たち、または虫などの小動物も含めて、動物たちの生態の描き方にリアルさがなければなりません。完成されたリアルさがあるからこそ、読者は感動し、上橋世界に魅了されていくのだと思います。描いている内容は、まさしく汚く醜い、大人の政治の世界です。しかし、この作品は小さな子どもにもぜひ読んでほしいと思います。「命の重さ・怖さ・儚さ」、これらを見事に書き込んでいるこのファンタジー作品は、年齢に関係せずに読むことが可能ですし、それ以上に子どもたちに読んでほしい情操教育上の価値があると思うからです。

さすがは、当代きっての作家といえると思います。
まだ上橋作品にふれたことのない方は、『精霊の守り人』シリーズもあわせて、お読みになることをおすすめいたします。




最後に否定的評価をするのもなんですが、彼女の『精霊の守り人』シリーズはとてもぼく自身は感情移入できる、共感できる作品群でした。主人公たちの人間くささが、リアルなものだと感じることができたからです。しかし、この『獣の奏者』はどうしても主人公たちの人生観に共感がぼくはできないのです。主人公エリンは、暴走した『風の谷のナウシカ』じゃないか、と思ったほどです。

主人公の親族が作品でこういう発言をしています。
「この娘は、だめです。自分の感情を最善のものと信じている。なにを言っても、聞かないでしょう」

まさしく、その通り。自らの判断こそがすべての社会関係のなかで最優先されるという戦後民主主義の悪しき自律主義を具現化した何物でもない気がするのです、作品全体を通して。どんな理由があるにせよ(その理由が作品のなかでいちばん大切なのですがwww)。『精霊の守り人』の主人公たちの姿勢が「個人主義」であるならば、この作品の主人公たちは「孤人主義」だと言えます。どちらも悲しみを抱いて人生を歩む主人公たちではあるのですが、『獣の奏者』の主人公たちの姿勢は「恨み」と「隔絶」が根底にあるからなんだと思います。だからこそ、どうしても共感できませんでした。ぼくは『精霊の守り人』シリーズなどが大好きな故に、この作品は早く読み終わりたいという気持ちでいっぱいでした。読まなければならないと思うほどの文章の運びがあり、傑作と評してよいと考えるだけに、作品世界に共感できないことが残念でなりません。

ちなみに、NHKでアニメとしても放映れました。

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