2008年01月 / 12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Lancers.jp
--:--  |  スポンサー広告

2008.01.23 (Wed)

台湾の空はまだ蒼い。

台湾総統選、注目集める李登輝氏「次の一手」
1月18日18時54分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080118-00000932-san-int





九州よりもやや小さく、2200万人の民が住む島、台湾。
日本に次ぐ、アジア第2の経済力を誇るこの国は、その歴史に翻弄され、独立国家として世界に認められていない。しかしながら、蒋経国と李登輝の登場で民主化を経た(蒋介石が布告した戒厳令は世界史上最長のものであった。87年7月15日解除)ことによって、蒋介石率いる国民党が独裁を布いていた時代は遠に過ぎ、いまや民主主義の理念を日本と共有する国家になったことは誰の目にも明らかだ。

2004年に再選を果たした陳水扁大統領(総統)の次の大統領を決める大統領選挙まであと2ヶ月。その前哨戦ともいうべき、国会議員(立法委員)選挙の結果は、野党・中国国民党の大勝利、与党・民主進歩党の大敗北という形でおわった。

日本だけでなく、アメリカにおいても、中国においても(もちろん、この国においては当然のことではあるけれども)、この選挙の結果は『対中関係と経済』のみが論争の軸となったと報道されている。しかしながら、今回の選挙は果たしてそのような単純な構造だったのだろうか。結論をいえば、『中国と統一するべきか、独立を果たすべきか』などというテーマはその意見の左右はあれ、外国の人間がよせる期待論でしかないのではないだろうか。

第7期台湾立法委員選挙の結果は、定数113議席のうち、与党である民進党が27議席、野党である国民党が81議席という形であった。(比較するためにも)選挙前の議席は(前回の第6期台湾立法委員選挙においては定数が225議席)与党である民進党が84議席、台湾団結連盟(正確には与党ではない)が12議席、野党である国民党が84議席、親民党が22議席、新党が5議席(後、国民党と合流)、無党団結連盟が6議席、無所属が6議席であった。これは、中選挙区で168議席、比例代表区で41議席、原住民枠で8議席、海外華僑代表枠で4議席という構成だ。これを2005年6月に中華民国憲法を改正することによって議席を113議席に半減し、任期を3年から4年に延長、選挙制度を中選挙区比例代表併用制から小選挙区比例代表並立制に変更したのである。

そもそも、なぜ議席半減という改革がなされたのであろうか。最大のポイントは中選挙区制度の弊害を排除することである。つまり、同一政党で複数の候補者が立候補するため、地域によっては政党獲得議席に偏重がみられたために、これを改革することを重要視したのである。与野党という構図をこえ、二大政党制確立を目指す大政党である民進党と国民党が手を結び、選挙制度改革に着手したのである。また、政党得票率が5%に達しない場合は議席が配分されないという規定が設けられた。もちろん、これには他の少数野党は反対にまわった。

結果、少数政党はすべて議席を失うということになったのだが、一方でなぜ二大政党の議席バランスを失い、民進党が大敗北を喫することになったのか。台湾の政党支持の構図は台北を代表する北部地域は国民党支持、高雄を代表する南部地域は民進党支持というものだが、今回は台中を代表する中部地域ですべて議席を国民党に奪われてしまった(もちろん、より深刻なのは陳水扁の地元以外の地域が総崩れした南部の選挙であることは間違いないが・・・)。これはそもそも地方派閥に強い国民党の特色が活かされた結果だといえる。国民党は選挙前に事実上の他政党の合併を果たすことにより、各選挙区において候補者の絞込みを完全なものとし、この環境を最大限活かしたのである。選対の前提としてすでに国民党の勝利は予測できていたのだ。

民進党が敗北した理由として、また投票率の低さがあげられる。今回の投票率は58%であった。前回選挙の投票率が80%であったことを考えると、やはり大幅な投票率低下といわざるをえない。投票率が低下した最大の理由は、大量の与党民進党の党員支持者が今回の投票を棄権したことだ。その数、250万人。台湾の有権者数は1700万人であるから、この数は全有権者からみて15%にのぼる。「党員の反乱」、これが今回の民進党の敗北の理由だろう。

では、なぜ彼ら民進党の党員は投票を棄権したのであろうか。
台湾国外で報道されたニュースの多くは「陳水扁の独立路線が否定された」と分析している。この分析は半分正解で、半分大間違いであろうと思う。間違いである、と指摘するのは、独立するべきかどうかの問題は台湾人民内ではすでに解決されている問題だからだ。シンクタンクである台湾智庫が2007年に発表した台湾人の主体性意識調査において「台湾と中国との関係は統一を最終目標とすべき」という意見は7%にも満たなかったし、行政院(日本での内閣府)大陸委員会の調査において「自身は台湾人である」という意識をもつ台湾人はすでに70%をこえている。「統一反対」、少なくとも「現状維持」というのが多くの台湾人の本音であり、「独立路線の否定」という解答はもはや台湾には存在しないと断言してよいだろう。

数多くの報道が誤解もしくはあえて演出しようとしているのは、国民党は中国との「統一派」であり、民進党は「独立派」である、という構造の認識だ。民進党が「独立派・中華民国脱退派」であることは間違いないが、国民党を「中国統一派」であると一概に言うことはできない。たしかに、国民党の政策は中国との経済交流の深化をめざしているが、現在の国民党は決して積極的に政治的に中国共産党と合作もしくは統一することはできないはずだ(もちろん、連戦名誉主席を代表する国民党内親中派と中国共産党との密接な関係を否定はしない)。いまだに外省系は歴然とした力をもっているが、改選前と比べると壊滅状態に近かった国民党本土派の力が伸長したように思える。また地方派閥の力を無視することはできない。これは、ゆるやかな「本土化」といえるのかもしれない。これを国会議長であり、馬英九の最大のライバルである王金平が率いる。彼は李登輝学校(李登輝の総統時代、彼の下で育った政治家世代。馬英九も王金平もその世代のひとり。この場合、同名の李登輝が院長をつとめる人材養成機関をさしてはいない)とよばれる世代の代表格・後継者でもある。このように考えたとき、「独立vs統一」路線を問う選挙であったというのは間違いなのではないだろうか。

問題は「陳水扁の」という点である。
陳水扁大統領の支持率は20%弱にまで下がっており、それが全てを決したといえる。では、なぜ台湾人は、民進党の党員は、「反陳水扁」の烽火をあげたのであろうか。
その理由は4つあげられる。1)経済政策の失敗、2)独立路線の不徹底、3)国会運営の失敗、4)醜聞のイメージ。

経済政策の失敗という批判は、時代環境に逆らうことができないために、冷静な分析になるかどうかは疑わしい。最近の台湾経済は4%以上の経済成長率を維持しているし、輸出も国内製造業の生産も好調で、株式市場も活況を見せている。なによりも、設備投資の動きが復活しかけているということは、経済の底力が成長しているという証拠だ。もちろん、中小の製造業にすれば、大企業の中国への投資シフトの影響を受けて体力を弱らせているのも確かだ。だが、国民党が主張する中国とのより深い経済交流に希望を見出す国民は少なくない(その他東南アジア諸国に投資を向けるという南向政策がはっきりとした効果があらわれない以上、仕方のないことかもしれない。だが、南向政策はそもそも国民党の政策でもあった)。


次に、独立路線の不徹底という批判だが、現職の大統領という枠組みの中で改革を果たすのだから、台湾独立もしくは台湾共和国建国という目的を果たすのはうまく進まない点も理解しなくてはならない。そもそも中華民国憲法体制の中で大統領になったのであり、現職の大統領が国民党否定という形で中華民国憲法体制の脱却を目指すのは難しいのは当然なのである。

3点目の国会運営の失敗に関しても陳水扁大統領の歴史的役割を考えるといたしかない、と理解できる部分もある。なぜなら、民主化をなしとげた李登輝さえ果たしえなかった「蒋介石否定」という中華民国憲法体制からの脱却のために必要な運動は、国民党否定という形をとらざるを得ないからだ。国会が空転にしてしまうことに台湾国民は否定の態度を示したが、これは陳水扁大統領の宿命といわざるを得ないのではないだろうか。前時代の否定は、やがて与野党をこえて「台湾本土化」を果たすことになるに違いない。

だが、陳水扁大統領支持率の低下の最大理由は、やはり最後の陳水扁大統領自身または周辺に関する醜聞の疑いだろう。清廉さを政権のアピールにしていた陳水扁政権にとって、側近の前総統府秘書長陳哲男や娘婿である趙建銘、呉淑珍夫人の金銭スキャンダル疑惑は大きな打撃となったことは間違いない。

選挙結果は国民党の大勝利でおわったが、これが3月の大統領に直接結びつくかどうかは疑わしい。確かに、馬英九の支持率は60%に迫っているが、今回の「民進党ショック」は民進党の党員を再び一致団結させる機会になったのではないだろうか。連合報(新聞販売競争が激化した台湾で、『民族報』の王吾が『経済時報』の范鶴言、『全民日報』の林頂立と協力し1951年9月16日に3紙の総合版として誕生させた新聞)の選挙後の調査によれば、「国会と大統領が同一政党であるほうがよい」と答えた台湾人は47%、逆の答えをした台湾人が32%であった。政権批判を特徴とするメディアであることを加味すれば、この比率は同率程度なのであろう。この数字を見たとき、今回の「民進党ショック」の影響は正の効果を見出せれば、重要な意味を持つのではないだろうか。

また、多くの報道が見逃しているが、「民進党ショック」を招いた今回の選挙でさえ、比例において民進党の得票率は2%上昇しているのである(議席換算をすれば、42%)。国民党も得票率を20%上昇させているが、これは選挙前に他政党を事実上、合併したのだから当然である。民進党の党員が投票棄権をしたことを考えれば、国民党と民進党の潜在的政党支持率は同率程度であり、3月の大統領選挙は今回のような大差がつく勝負になることはないだろう。前回の大統領選挙のときのように1%以内の票差で勝負がつく非常に熾烈な選挙になるものと思う。この時に重要になるのが、今回の選挙で当選した本土派の国民党議員の勢力なのだ。同じ国民党とはいえ、親中派の馬英九に抱く感情は複雑であろう(もちろん、本土派の中にも馬派はいる)。


3月の大統領選挙で馬英九が勝利したとしても、馬英九は積極的な中国との統一路線に向けた対話はできないだろう。国民党内部の支配権は特定の勢力に統一されていない。王金平の勢力は積極的に馬英九を支持するかどうか。どちらにしろ、馬英九の政策は行き詰ることになる。だからこそ、馬英九も大統領候補としての政策で「統一しない、独立しない、武力行使せず」という現状を維持するという宣言をするしかなかったのである(もちろん、高雄県4区の選挙のように馬英九の選挙力は強いともいえ、その意味で国民党内の支持を当初は集めるだろう)。

一方、謝長廷が勝利すれば、現在の国会における議席状況では王金平をはじめとする国民党本土派や国民党内地方派閥に協力を呼びかけなければ、国会運営が出来なくなる。そうなれば、陳水扁政権のような先鋭的な本土派政権でなく、大連立という形で安定的な本土派政権ができることになるのではないだろうか。
どちらにせよ、今後の台湾政界はいままで以上に群雄割拠という状況になる。果たして、台湾政治はどこに向かおうとしているのだろうか。
Lancers.jp
スポンサーサイト
02:03  |  【 想う台湾のこと 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。