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2015.06.06 (Sat)

『台湾教育基本法』の意義に関する再検討  -日本の占領期民主化との比較をふまえて-

1. 台湾の民主化と教育

台湾の民主化は、長期政権を樹立していた国民党・蒋経国政権期からその萌芽がすでに散見されていた。

1970年代の国際外交における力学変化をはじめとして、台澎金馬内における台湾ナショナリズム確立に向けた国民党外からの政治的発言の増大は、中華民国という定義をすでに揺るがしており、蒋経国は漸次「民主化」を進めていかなければならなかった。

80年代後半における国民党外に対する政治的権利の解放は、「台湾」という共同体の意義をさらに高め、彼の政権期に準備されたその民主化の動きは、遂に台湾本島出身者である李登輝による政権継承によって実現されていくことになるのである。

つまり、1972年の中華人民共和国を中心とする国際外交における政治力学の変化がもたらした台湾への内部改革要求は、その政治的必然性から、国民党に民主化の準備をすすめさせざるを得ず、そしてその改革を「台湾人」が助長・結実化させていく過程こそが、90年代における台湾の民主化の特徴であった。

台湾を代表する農業経済学者から統治者たる政治家の道を歩んだ李登輝は、その道程を表現する際に自らを「蒋経国学校の生徒」と称する。

動員戡乱時期臨時条項の廃止、立法院委員の改選、総統民選の実現は、歴史的には蒋経国の政治的事跡の延長にあったことを見逃してはならない。

しかしながら、歴史教科書『認識台湾』が示すように、李登輝政権のその独自性は、民主化を国民党内改革の作用として止めるのではなく、台澎金馬の住民に「台湾」の国民としての自己認識を再考させる精神革命にまで昇華させたことにあった。

総統民選はその改革の象徴であり、silent revolutionたる台湾の内部改革は、まさに中華民国の政体革命であったのではないだろうか。そのような観点にたてば、この民主化期の教育改革の内容に、「新しい国民」への変化を促す「台湾化」の理念の根本を見出さなければならない。

これまでその分析には、歴史教科書における変化を指摘する論調が主に注目されてきた。

だがしかし、民主化が台湾政治・政体の構造改革であったのならば、その教育の基本構造がどのように変化したのか、その行政法構造の変化に注目しなければ、台湾の民主化期の特徴を捉えることはできないだろう。


2. 台湾教育基本法の制定過程

蒋経国総統期までの国民党政権を考察すれば、その政権の特徴は戒厳令体制に集約されている。

中華民国憲法が護る人民の自由権は、その第22条の規定における中華民国の社会秩序の維持を侵害しない限り、戒厳令の許容範囲で保障された。

当然、その体制下では同21条で規定する教育権は一定の制約を受けるため、民主主義の発展に欠くべからざる学問の自由が保全されていたとは言いがたい。

そして、民主化が求められるなかで、この教育権や学問の自由などの教育に関する諸権利の擁護尊重を民主主義国家の基本法で整えたいとの要求が、政治改革運動として注目されていく。

台湾教育基本法の制定過程は、宋峻杰「台湾における教育権の憲法学的考察」(『北大法学研究科ジュニア・リサーチ・ジャーナル』13,p.135-169,2007年。)に詳しいが、その運動の要点をまとめれば、大学自治運動の発展から教育行政改革要求へと至り、教育基本法制定運動へと発展していった運動の歴史であった。

その中心は学生運動であった。

1986年の台湾大学内の学生運動「自由の愛」運動を契機とし、1993年には立法院で野党・民主進歩党によって教育基本法案が提出され、長い政治交渉により1999年に教育基本法が制定された。

1993年に民主進歩党所属の立法院委員・顔錦福によって提出された教育基本法案は、日本やドイツの教育基本法をその法案の原形とした。

この法案は立法院で審議が進むことはなかったが、この時期には市民による教育改革要求デモが社会的に大きな政治的圧力に成長しつつあった(410教育改革運動)。

政権与党である国民党もこの改革要求に応えざるを得ず、教育基本法制定の方向性を審議するために、日本の臨時教育審議会をモデルとして行政院教育改革審議委員会を設置している。

また、1996年には教育部内の教育研究委員会が教育基本法案の起草準備を開始し、その後、この法案を中心に立法院で議論が進められていくこととなった。

1999年6月23日、李登輝の名によって教育基本法が遂に公布され、10年におよぶ教育改革運動は民主化の時期と重なりながら、台湾の教育基本法体制を整えたのである。

憲法下における関連諸法の根拠となる最高法令として基本法体制を整備することによって、中華民国憲法の解釈では権利保障に懸念のある部分を補完する法的構造の設計は、台湾の民主化において重要な改革であったと考える。

以党治国をもって、中華民国ナショナリズムを台澎金馬の住民に徹底する国民党政権の政策は、教育においても同様であり、その統治に関する基本構造を転換せしめるという点において、台湾民主化過程における教育基本法の意義とは、つまり政体構造の変革以外の何ものでもなかったのではないだろうか。

しかし、それでは、その民主化の具体化として、なぜ日本の教育基本法が改革モデルのひとつとなったのか、その意味を次節で検討したい。


3.  次代の国家主権者を保護する「教育を受ける権利」

周知の通り、日本の戦後教育は、教育基本法を中心としてその戦後民主主義的教育観というものを教育の在り方の基底に置き、再構築した。

それは、日本国憲法第26条で保障された、個人のその能力に応じてひとしく教育を受ける権利が、教育の基本を確立するために制定された教育基本法においてすべての国民子女に解放されたものであったともといえよう。

この場合、法律主義をもってその意志を実現する主権を有する国民を育成するために、教育の機会均等を実現したといえる。

敗戦前においては男女別に教育機会の開放が制限されていたこともあり、この改革によって、戦後民主主義的平等の概念の形成が教育の側面においても求められたことが分かる。

だが決して教育の目的に民族的自主性というものを放棄したのではなく、「平和な国家及び社会の形成者」として独善的な個人主義に陥らずに自主的精神に満ちた日本人として、国家および国民各位は、次代の主権者たる子女を育成しなければならない、という義務を背負ったものである。

それと同時に、次代の主権者たる国民のひとりとして、積極的に社会形成に参加する義務感を、子女自ら主体的に求めるという観点の確認が、本来の日本国憲法と教育基本法との関係であったはずである。

このように日本の戦後教育の基本を確認すれば、公共性ある教育権を制限されていた台湾市民にとって、その民主化を実現する構造のモデルに、戦後改革でその開放を実現した日本の教育基本法をとりあげたことは、法理論の研究また形成上、自明のことであったと推察できる。

なぜならば、日本国憲法はその文書化・成立過程において多くの不法性・歪曲性を有しながらも、国民党による単独政権から多元価値を認める民主制への移行実現を求めた台湾の民主派にとってみれば、日本国憲法と教育基本法の連動化は、普遍的価値のある民主主義の解放という目的を実現するための世界史的前例であったからである。

だが、この普遍的教育価値と民族的自主性を両立させるために、1948年まで日本国内では教育勅語と教育基本法が共に並立する体制の存続が努められたことは、民主化とは別の課題として着目されなければならないことを付言しておく。

いずれにしても、教育によって形成される普遍的価値の定義を形成した主体は何であったのか。

また、教育的価値観の戦後の転換は、日本社会にとってそもそもどのような史的意味を有していたのか。

その考察を、次節では整理したい。


4.  新渡戸稲造と教育基本法

1947年に公布された旧教育基本法は、GHQ/SCAPが指示する占領政策の一環にあり、戦後民主主義を実現する教育諸法の「理念法」「根本法」として、戦後教育改革を担った田中耕太郎がその制定をリードした戦後教育の在り方に関する基本法であった。

旧教育基本法が掲げる教育の目的は「人格の完成」であるが、この理念形成に田中の師である新渡戸稲造の思想が影響していたことに注目されることは少ない。

しかし、旧教育基本法が公布されたその日、文部省学校教育局長であった日高第四郎は、その法の意義と新渡戸との関係を、『教育基本法とその日本的背景』と題する論文内で以下のように指摘している。

先生は、教育基本法の精神の「歴史的背景」をおのずから築き上げられた、その育ての親であったと、言えよう。というのは、この法律を恰も予測せるが如く、「透徹せる自律的人格主義に基く近代民主主義」を、思想的にも実践的にも情緒的にも生活に具現された(中略=引用者)先生の人格的思想的信仰的影響を身につけた次代の人々が、敗戦後の危機に際会して先生を忘れていたであろうか。(中略=引用者)こう見てくると基本法の構想に関して先生は直接にこそ語られなかったにしても、この先覚者は後輩又は弟子を通じて思想的に影響を及ぼされたと見られないであろうか。

日高が指摘するように、戦後教育改革をリードした人物たちの多くが新渡戸の指導を受け、思想的にもその影響を受けていたのならば、戦後教育改革の実相は、ただGHQ/SCAPの指示によりGHQ的民主主義を受容したのではなく、戦前社会から続く自由民主主義的改革を志向する思想風景の延長線上にあったと評価することもできるのではないだろか。

田中についても、多大な思想的影響を受けた一高時代の校長は新渡戸であり、また新渡戸が国連事務局次長時代には赴任地で寝食を共にしている。

占領期教育改革とはつまり、被占領者として占領政策の方針に従順するばかりでなく、日本人として日本国独自の戦後改革をGHQの占領政策に依拠することなく断行し、戦前より志向されていた福祉国家への改革構想を、戦後改革で実現しようとした主体性を評価できる側面を有するということである。

少なくとも、教育基本法の制定をはじめこの時期の教育行政改革に関しては、田中が吉田茂内閣の文部大臣として積極的に「日本人としての主体的な民主化改革」をリードしようとしたことは、田中が後年に執筆した『教育基本法の理論』(有斐閣,1961年)に見出すことができる。

田中はその中で、戦後教育改革の独自性を日本側が占領軍に対して発揮しようとしていたことを、以下のように述べているのである。

地方教育行政の一般行政よりの分離独立の必要に関しては、連合軍当局と見解を同じうしていたが、我々としては当初はブロック別な機構を考えていた。(中略=引用者)終戦直後文部省において考究したのは、明治初年の大学区制を採用して、地方教育行政の改革をはかることであった。

教育委員会制度への改革も、米国教育使節団の報告書を横にしながら、ブロック制を中心とする独自の制度構想として教育刷新委員会で田中の発案をもとに審議されていたのは、委員会議事録内に明確に記録されている。

したがって、教育基本法制定を実質的にすすめた文部大臣であった田中が、教育行政の改革に取り組むにあたり、占領軍の改革に依拠せずに、明治5年の学制を再現しようとした点にも注目しなければならない。

つまり、教育基本法の理念形成も含め、占領期の教育改革とは、日本の近代化過程で生成された自律的人格主義という教育の目的を敗戦という構造改革を実行しうる機会を活用し明確に教育行政に位置づけ、また新たな教育行政の設計構想は、日本人自身の自己改革で占領軍による戦後占領をリードしようとした「抵抗」の軌跡であったと、私は考えるのである。


5.  教育からみたアジアの未来を開く日台関係

旧来の統治構造を変革し、教育の根本をもって住民・市民・国民の民主主義的権利(教育を受ける権利や学問の自由)を擁護するという目的のために、教育に関する基本法を教育諸法の頂点に位置する理念法として制定することを目的とするならば、台湾の民主化も日本の戦後民主化もその行政法構造の設計目的は同じである。

これは戦後占領期の沖縄地方でも同様であったし、日本の戦前からにおける教育に関する自由権の獲得という観点を俯瞰し直せば、台湾と日本両国の「民主化」とはつまり、旧来構造が招来した制度疲労という社会的硬直化の是正であり、国家行政の構造改革を終局的にはその目的としていたのである。

また、台湾においても日本においても、その教育基本法の整備が志向される思想背景には、中央政府による硬直的な教育行政を転換するために、国家の主権を有する国民にとって自律的な教育権を規定しようとする自由主義的な改革思潮が認められたのである。

民主化の次に求められるのは、その民主主義国家を構成する自律的な国民としてのアイデンティティーを定義・確立することにあるだろう。

それは、現在社会・現在世代の社会的要求を正確に明示しうる憲法の整備にも求めえるし、また少なくとも「自己はいかなる国民として独立していこうとするのか」という問いを常に社会に責任ある主体的な個人として発することができる国民を育成することであろう。

民主化を苦難の末に迎えた日本と台湾には、共に手をとり、民主主義的成熟を迎えようとするアジア諸国に対してその苦悩の経験を伝えていく義務があるのではないだろうか。


梅本大介 


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2011.04.07 (Thu)

日台両国民が手をとりあう未来を創りたい。 (FreeJapanさんへの寄稿文)

 国際貿易体制が確立した現代にあって、台湾海峡を有する台湾は日本にとって「生命線」であることは、誰もが認識していることでしょう。しかし、この生命線という言葉の重みは、安全保障政策上、地政学上の概念を超えて、両国家を「運命共同体」という関係性にまで昇華させていると感じます。

 それを今最も強く認識されておられる人物が、台湾・中華民国の民主化を成し遂げた哲人・李登輝そのひとではないでしょうか。李登輝先生がアジア社会のリーダーを養成するためにご自身の名を唯一公式的に冠することを許された社会教育団体「日本李登輝学校・修学院」の台湾研修会が先日(11/20-11/24)、大型地方選挙である五都選挙のさなかに行なわれました。研修会における李登輝先生の、現在の日本に対する視点・メッセージをご紹介したいと思います(講義自体は2時間に渡りました。全文は修学院会報にて紹介しています)。


  今の日本をみていますと、日本の政治家は愛国心がないように思えます。個人的利益とか党の利益、権力を持つということのみに執着している気がします。ここら辺に、現在日本の混迷の原因があるような気がしてなりません。愛国心を如何に養おうかということが戦後において完全に失われたことが問題ですね。(中略=執筆者)中国の武力行使を日本に対して向けさせないようにさせるためには、日本の人々・日本の指導者に強烈な抵抗意識と強靭な日本精神がなければならないと思います。(中略=執筆者)また、日本では、外国人に投票権を与えようと、愚かしいことを考えているヒトたちがいます。それでは、日本の政治・政府はひっくり返されてしまう、ということを理解しなければなりません。(中略=執筆者)日本の政治指導者がどうあるべきか、迷走する日本を救うにはどうするべきかと問われれば、まず、日本の最高指導者である内閣総理大臣が国民や国を愛していないことが問題の基本だと思います。指導者となるためには、国民を我が子のように愛する気持ちがなければなりません。愛するためには、「私は日本の為に生きているのだ」という気持ちが必要なのです。私は90歳になりますが、私は国のためにこの命をこれからも捧げていかなければならない、一生懸命尽くしていかなければならない、と心に決めています。「同胞愛なき政治家は国を滅ぼす」と指摘したいと思います。(中略=執筆者)今後の台湾と日本との関係を考えたとき、国民と国民との心の絆を築き上げることが重要だと思います。50年間における日本の台湾統治は、事実上、台湾に近代化した社会を創りあげました。このようなことを、台湾人は心に留めています。青年たちの交流、観光客の来訪、経済的関係の活性化、そういう共同的なものが、より日本と台湾との結びつきを強くしていると考えます。(中略=執筆者)台湾は、日本の安定・安全のために必要な生命線であると思います。日本も、台湾にとってそうです。戦後において、日本人を一番尊敬しているのは台湾人でしょう。台湾ほど親日の国はないはずです。国民と国民同士の心の絆を深めていきましょう。


 大陸・中華民主主義共和国が経済力・軍事力共に膨張をみせる中、台湾はアジアの孤児という運命から脱け出すために、今もがき苦しんでいます。民主・自由・平等の基本理念を共通させる日台両国民が、同じ心で手をとりあい、未来をきり拓いていくことこそ重要だと考えます。戦後に忘れ去ろうとした日本が果たすべき役割というものを、今一度思い起こす必要があるのではないでしょうか。


(※上記文章は過去、FreeJapaさんの会報誌に寄稿した文章です)

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■日台交流センターに聞いた「義援金100億突破―」台湾はなぜ親日家が多い?
(日刊サイゾー - 04月06日 18:30)

 東日本大震災の発生から早1カ月、日本国内はもとより、世界各国から救援物資や義援金が続々と届いている。そんななかでも、「台湾から義援金 100億」というニュースには誰もが驚かされたことだろう。時事通信によると震災発生当日、日本の外務省にあたる台湾外交部が約2億8,500万円の義援金を日本に送ると表明。その後、テレビ局などがチャリティーイベントを開催して寄付を呼び掛けるなどし、4月1日までの時点で、官民合わせ100億円を突破しているという。さらに被災した子どもとその家族を対象に、渡航費・滞在費を全額負担し、2週間から1カ月ホームステイできるよう、約100世帯を一時避難所として確保するなど、義援金以外の支援の輪も広がっている。

 九州ほどの面積しかない台湾の人口は約2,300万人で、サラリーマンの平均月収は13万円前後。その台湾からの義援金100億はまさに桁外れの額で、台湾人の親日ぶりがうかがえる。

 なぜ、ここまで台湾人は親日なのか。両国は隣接し、古くから相互往来は密接だったが、それに加え、1999年9月に発生した台湾中部大地震、さらに09年の8月に台湾南部を襲った台風災害の際、日本は早期に台湾への支援を表明し、救援隊の派遣や多額の義援金を送るなどしたが、その献身的な対応に台湾側は深い恩を感じているという。さらに歴史をさかのぼれば、日本の植民地時代、後藤新平らの尽力によって台湾のインフラが急速に整備されたり、教育制度などが整えられた背景があり、それが現在の台湾経済発展の基盤になっていると考える人が多く、そのため日本に友好的な感情を抱いているという。

 しかし、それだけではない。台湾ではわれわれが思っている以上に日本のカルチャーが浸透しているのだ。台北市内には、日本でおなじみのコンビニや飲食チェーン店が建ち並び、薬局などでも日本の商品が数多く売られている。日本の芸能人を起用した広告ポスターが街のあちらこちらで見受けられ、若者のファッションも日本とそう変わりはない。日本語が話せる人も多く、道を尋ねれば親切丁寧に対応してくれる。さらに日本に留学経験がある若者も少なくない。

 こうした台湾と日本の関係について、日台交流センターに詳しく話を聞いた。

「台湾から日本に来ている留学生は現在5,000人ほどで、日本語学校や専門学校に通ったり、大学や大学院で高等教育を学んでいる人もいます。日本の植民地時代、日本語を学んだ世代が今は80歳くらいの高齢者。若い人からすると自分のおじいちゃん、おばあちゃんが日本語を話せるので、日本語がとても身近なものなんですね。それに近年は、日本のポップカルチャーが急速に台湾に浸透しています。ドラマやバラエティー、グルメ番組などさまざまなジャンルのテレビ番組が中国語(北京語)の字幕付きで頻繁に放送され、アニメやゲーム、音楽などもすぐに入ってきます。そういったところから日本のカルチャーに接する機会が多く、高校や大学で第二外国語として日本語を履修する学生が増えています。現在、第二外国語としては日本語が一番人気があると聞いています」

 カルチャー面においてはとても身近なようだが、台湾にとって、かつて日本は宗主国でもあった。現在の台湾人にとって、日本人とはどういう存在なのだろうか。

「世代や政治的なスタンスによって違うとは思いますが、一般的によく言われるのは、戦後、日本の敗戦にともない台湾が中華民国(中国国民党政府)に返還されましたが、蒋介石時代には市民がひどく弾圧されたという歴史的背景があります。その時代と比較すると、日本の統治時代は植民地とは言え、インフラを含め、日本の政府は献身的な対応をしてくれた。そのため、反日感情ももちろんありますが、現在では友好的な感情を持っている人が多いようです」

 われわれ日本人が思っている以上に深い台湾との関係を認識することとなった今回の震災。テレビのチャリティー番組は単発的なものだったが、台湾外交部や台湾赤十字では専用口座を開設し、現在も義援金を募っている。また、日台交流センターの台北事務所と高雄事務所にも多くの義援金が届いているという。

 台湾の経済建設委員会は、主要貿易相手国である日本の被災の影響による台湾経済の損失は約540億円を超えるとの予測をしている。にもかかわらず、国が一丸となり援助の手を差し伸べてくれる台湾には頭が下がる思いでいっぱいだ。近い将来、なんとかこの国難を乗り越え、両国親交がさらに深くなることを期待したい。
(文=編集部)
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00:49  |  【 想う台湾のこと 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2010.12.17 (Fri)

李登輝校長 講義レポート(全文) 「国家を背負う指導者の条件」

先日、日本李登輝学校修学院の研修で台湾に行ってきました。
李登輝校長の講義をレポートいたします。




ritouki20101122-01

久保田院長、修学院の研修生の皆さん、こんにちは。ようこそいらっしゃいました。そして、久保田院長から今回の講義にあたり、事前にいくつか質問をいただいておりますので、その質問とあわせてお話しましょう。最近の修学院の活躍ぶりをみて非常に感心しております。というのは、結局、今の日本における諸問題に対しての修学院の取り組み、講演内容、日本文化論を根底においた人間形成・教育問題への姿勢、そしてアジア太平洋交流学会との連携は、アジアがどうなっていくかという問題、国内外の問題などに非常に大きな意味を有していると思います。皆さんが非常に関心を持っている多くの問題は、私が遠い台湾から日本を眺めた時に私も気になっています。今日は、私がまず簡単に台湾が今直面している国難とはなにかを皆さんに報告いたしまして、それからこのような時世の日本における諸問題に対して4つほど質問が出されておりますので、国家指導者としての経験から、それらに答えていきたいと思います。おそらく、少し時間がオーバーしますが、よろしくお願いいたします。



目下、台湾は中国の急速な経済成長と政治大国化を前にして、台湾の人々自信が揺らいでいるようにみえます。中国依存が利益をもたらすならば、それでもいいではないかという言う人も多いようです。日本もこのような状態ですね。果たして、本当にそれでいいのでしょうか。こうした状況は、台湾の指導者たちが台湾をどのようにもっていきたいのかを、台湾の国民に対して明確に提示し続けないために生じてきているものと推測しています。一昨年の5月20日、今の馬英九総統が就任するとすぐに、馬政府はこれまでのやり方とは違う開放政策に着手しました。この中国に対する開放政策は、前の民進党陳水扁総統が大陸との関係を開放し、秩序をもって進めていこうとした考え方に基づいています。これらの姿勢に対して、私の考えは違います。



1992年に香港で台湾と中国大陸との政治的対話、2つの国における地位の問題に関する対話を行った会議がありました。だいたい私は総統になって、1991年にいわゆる中国と台湾との間における、国民党共産党の内戦を停止させました。内戦を停止しなければ、台湾は民主化した国として認められなくなります。戦争状態であったからこそ、戒厳令が布かれていたのです。戒厳令を布くからこそ憲法を凍結して、特別な法令を作り、総統は死ぬまでその地位につく。国会は万年国会に陥り、このような形で国の姿が曲げられて、こういう政府に反対運動をしていたヒトは、白色テロで片っ端から処罰されました。38年間という世界で一番長い戒厳令というのはこういう形で行われました。こういうことに対して、まず私としては、大陸との間における戦争を終結させるのが一番大事だと考えました。それが91年に動員戡乱時期臨時条款廃止ということになりました。中国に対する宣言でもあったのです。今、台湾に生きる若いヒトは、このことが分かっていません。学校で教えていないのです。教えないようにしているのです。この91年における動員戡乱時期臨時条款の停止を通して、私は、中国大陸に対して「大陸は北京政府が有効に統治しておりますが、台湾は私の方で統治している」とメッセージを伝えたかったのです。お互いの関係は、「貴方は貴方、私は私」と武者小路が言うように、「まぁ、後は仲良く・・・」と。そういう形でいく以外に道はなかったのです。ところが、台湾経済の発展と中国経済の発展に、非常に大きな差が残ることとなりました。それをどういう形で処理していくのかということが、私の長い間の中国との間の課題でした。経済問題、政治問題としてしっかりと認識し、こういう関係性を維持したうえで用心ぶかくあまり深入りしないように進めてきました。そして、92年に香港でまず台湾の海峡交流基金会と大陸の海峡両岸関係協会が話をしました。どういう話かといいますと、台湾と大陸とでは50年間行き来がなかったので、漁船・漁業の問題、個人的な行き来の問題などが残されていました。それを処理しましょう、と話をはじめたわけです。いきなり、経済的ななにか契約をしましょう、という話ではなかったのです。こういう話し合いをやりながら、徐々に関係を進めていきましょうという話であったはずなのです。ところが、台湾からも大陸に投資をしに行くヒトがいる。投資を許すにしても台湾としてある程度の制限をやりながら、一歩ずつ台湾という国の利益にならないことはやらないという形でやってきました、この92宣言というのは、コンセンサスではないのです。コンセンサスというのは、まったくの嘘なのです。台湾の代表は、香港において、中国が伝えてきた1992年の「ひとつの中国であるというコンセンサス」を守りなさい、というのを断りました。台湾はひとつの中国ではないのです。台湾は台湾です。これが当時の私の考え方でした。

ところが、これを偽造したのが馬総統なのです。馬総統の部下のなかにひとり、これを偽造したのがいて、これを両岸の話し合いの基礎にしようとしはじめたのです。こういうような話がなくても、実はもう台湾と中国大陸はもう既に平和的な状態に戻りましたから、一歩ずつ進んでいくべきなのに、台湾は「ひとつの中国」だと急な押し付けをしてくる。5000年の中国の歴史にあって、台湾というのは化外の地であったと言っていたのは彼らなのです。化外の地であった台湾だけでなく、明の時代において朝貢をしていた琉球も、今の共産党は中国の領土だと言っているのです。今回の尖閣列島の問題は、ここから問題が発生しています。当時、香港での会議に参加したヒトはいまだに生きているのです。そして、それぞれの職場で働いており、馬政府はこうした嘘の歴史を創りあげて、台湾人民の名を汚し、台湾人民の不安をかりたてています。そのため、台湾人はデモを行い、激しく抗議しているわけであります。



現在の台湾にまず必要なことは、指導者が、台湾がどのような存在なのか、そして何処に向かおうとしているのかという座標軸を打ち立てることではないかと思います。中台関係も、そうした座標軸の中に位置付けなければ、状況追認に終始することにつながりかねません。現在の中台関係をみていて想起されるのは、日本の作家である武者小路実篤の「君は君、我は我なり、されど仲良き」という言葉です。中台の関係改善はそれなりに歓迎すべきとしても、中国の将来の不確実性を考えれば、そしてあの独裁的な政治のやり方、体制の違い、これは全く国と国の間においては非常に溶け合ったような形としてもっていくわけにはいかないのです。「君は君、我は我」。これはやはり、原則です。「けじめ」が必要だと思うのです。日本人が言うけじめが大切なのです。けじめをもって中国と付き合っていくことが、現実的であると思います。今の日本の民主党には、こういう考え方をもっていませんね。けじめのつけ方がわかっていないようです。かつて私が行ったように改めて台湾という自己認識を問い質し、自分たちの運命は自分たちで決めていくという心持ちと備えが必要なのです。将棋で例えれば、意思のない単なる駒にならず、意思のある指し手となるということです。下した意思自体はちゃんと意味がなければならないのです。意思のある指し手になるという姿勢がなければ、巨大な中国を前にして台湾の前途は決して開けることはないでしょう。しかし、今の台湾は流れるままの駒国家になりつつあるのではないかと案じています。なすすべもなく、巨大国家・中国に翻弄され、あるいは目の前の隣人幻惑されているのではないかという不安が消えないのです。



台湾が目指すべきは、中国市場だけを相手にするのではなく、グローバルな市場で競争を持つ産業を発展させることでしょう。台湾はWTOのメンバーです。だから、台湾はなにもECFA(中台間の経済協力枠組み協議)にみるような一国市場を中心としたひとつのみの関係を持ってはいけません。台湾の新たなるグローバルな成長モデルを確立することにより、逆に中国市場における台湾の国家としての立場も一層強くなるのだと思います。現在の中国での台湾への優遇策は政治的な意図からの一種の補助金づけです。これを頼りにしていると、次第に弱体化し、台湾の経済競争力長期的に失われてしまいます。今の日本には、宮城のまわりには各県の県政府の宿舎がありますね。県知事というのは、朝から晩までお金をもらうようなことばかり考えています。補助金依存では、国をうまく運営できません。今の小さな県ではうまくいくことは、どうしてもできないと思います。台湾の経済的競争力は長期的にこれを失わずに持って行かなければどうしてもなりません。中国が成長してもよし、しなくてもよし、されど台湾は台湾として一個の自立した国家として独自に成長していく経済の成長モデル、台湾モデルを確立することが、中国という機会を活かしつつ、しかし中国の恫喝に翻弄されないようにするための上策と考えます。台湾の政治体制中国の政治体制より良いと、台湾の人々が認識し、理解し、台湾の国家指導者も、そのことを人民に訴え続けることが台湾国家の将来を決める大きな要素になるのだと思います。日米欧の先進諸国が台湾国家に抱く連帯意識も、台湾の民主的で、市民の自由や人権の自由、民主体制に磨きをかけ、ひとりひとりが一層尊重される社会、すなわち自由と人権と民主が尊重される国家を建設する王道政治を実践し、台湾政治のさらなる近代化を進めることが大切ではないかと思います。

現在、中国の台湾国家に対する武力行使の実現性は低く、いま台湾を攻めようと考えてもそう簡単ではありません。尖閣列島問題が出てきたときに、日本政府はあの船長を裁判にかける前に帰してしまいました。こういうヘマなことをやつてしまって、結局、中国に対して「尖閣列島は俺の物だよ!」と言わせたに等しく、船長も中国に帰って「また来ますよ。今度こそ本当に上陸して、中国の偉大さを見せますよ」と平気で言っています。1971年以来、毛沢東琉球・尖閣列島・台湾、これは中国の領土だ、南シナ海東シナ海、これは全部中国の内海だ、と宣言しています。はじめから、彼らは琉球列島を盗れば、日本はもうどうにもならなくなるという考え方をもっています。現在の中国の台湾国家に対する武力行使の蓋然性は非常に低い。中国は台湾に対して、非常に下手になってきました。今までのような強いやり方でやってきていません。ところが、今回の尖閣列島に、いわゆる軍人の船長を入れて、漁船の形で押し込んできたというのは、明らかな武力行使です。ところが、台湾に対しては中々武力行使ができません。というのは、台湾には台湾の軍隊があり、台湾は自分たちで守るという強い基礎があるからです。一方、なんだか日本には弱弱しい面が残されている気がします。だからこそ、アメリカ国務長官であるクリントン夫人ははっきりと言ったのです。「尖閣列島は日米安保条約の範囲内に入ってある」と。それを中国が気づいていないはずがありません。台湾は、アメリカの台湾関係法という国内法のもとにおかれていますから、台湾海峡現状変更というのは絶対に許されていません。その変更のためには、日本、アメリカ、台湾、中国4カ国全部から承認されなくてはならないということが国際的に認められています。ところが、今のように非常に武力行使の蓋然性が低く、威嚇的な行動を控えていますが、言うまでもなく、そうした姿勢長期的に持続される保障はどこにもありません。いつ何をやりだすか分かりません。こうした環境では、武力による威嚇への耐久力が、自らの運命を自ら決めていく自由を大きく左右します。ご承知の通り、現在、中台の軍事バランスは、中国に有利なものになりつつありますが、台湾も抑止力のひとつとして、最低限、中国の武力行使・侵攻を思いとどまらせるだけの軍事的能力を持つ必要性があるのです。



1996年に、民選総統選をやった時、私は総統として中国から撃ち出されたミサイルに対して、はっきりと中国のミサイルは脅威ではないと言いました。なぜかと言うと、彼らはミサイルを撃ったことがないのです。弾頭に測定機を置いている。だから、爆弾を置いていない。こんな爆薬の入っていない空っぽのミサイルだからこそ、心配しなくていいと国民に訴えました。そして、アメリカドルを買い込むことを禁止しました。その時、台湾の人たちはアメリカドルを持って、逃げようとしました。取り付けが起こったら困るので、500億ドルを用意して、各銀行に配りました。そして、株が落ちないために、2000億ドルの株の安定基金を作って、国民に心配させないために7カ月分のお米を準備しました。まだまだやったことは沢山ありますが、18のシナリオを持って、相対していました。先日、ある新聞記者に聞かれました。「あれだけミサイルを撃たれて、どういう覚悟をしていたのか?」と。私は平気な顔をしていました。というのは、心配していなかったからです。なぜならば、私は信仰をもつているからです。神様に非常に強く頼っているのです。これは質問に答える形になると思いますが、リーダーは孤独なのです。この部屋の窓からみえる観音山の頂上部分は崖なんです。そこに立っていると、本当に孤独なんです。ところが、死ぬことによって、はじめて生きることの重要性が分かる気がするのです。私の基本的な考えはこうなのです。



以前、私は『愛と信仰』という本を書きました。学生時代、よくあの観音山に登りました。山の頂上は非常に狭くて、危険なのです。まわりは切り立った絶壁です。総統というのは、こういうものです。本当に孤独に立っていないといけない。中国では昔は皇帝になったヒトは孤独だから、結局、「私ひとりしかいない」という気持ちになる。しかし、私はそう考えないのです。一国の運命を左右する孤独な戦いにおいて、きちんと立っていける心持ちが必要なのです。そのような時には、神様が私といっしょだという気持ちになります。私は総統を2期12年間やりましたが、毎日が闘争でした。古い支配階級、古い考え方、軍隊を国民党の軍隊から国家の軍隊にきりかえる、こういう種々の問題を解決していく闘いでした。私はミサイルが撃たれた時にも、少しも困ったことはありませんでした。ここに、私が言いたいことがひとつあります。私には信心があり、十字架を背負ってやろう、これがどんなに大変でも台湾の次世代の子供たちのためにやろう、という心を非常に強く持っていました。

私は聖書を読みます。イザヤ書37章にこういうものが出てきます。「私は自分のため、また私の下僕ダビデのために町を守って、これを救おう」というこの言葉は非常に大事です。私はこの国を守りましょう、国を大事にする・国に対する愛国の心、これをもつことが大切だということが、質問のお答えになっているでしょうか。今の日本の政治家は、国のことを頭の中に入れていないように思えます。愛国心がないのです。そのほとんどが、個人的利益とか党の利益、権力を持つ、そのような考えを持つことが非常に強い。愛国心を如何に養うかということが戦後において完全に失われました。最終的に中国に軍事力行使をためらわせるのは、台湾の人々の強烈な抵抗意思、強靭な台湾精神にあると思います。中国の軍事力行使を日本に対して行うことができないようにさせるためには、日本の人々、日本の指導者に強烈な抵抗意思と強靭な日本精神がなければならないと思います。台湾の人々の危機意識がいざという時に強固に固まることを期待しています。最近、日本では尖閣列島の問題で、騒ぎが大きくなりつつありますね。これはひとつの良い傾向だと思います。また、国際社会の中国に対する圧力も、台湾の国民の対抗次第だと言えます。日本が強くなれば、アメリカも強くなる。アメリカも、結局、中国に対して単に関係をよくすればいい、というようなことではダメです。今こそ、台湾の意思を固めねばなりません。交流の拡大はやむをえないにしても、それならば、防諜強化を徹底する工夫も必要です。中台の人間的交流が進むこと自体は悪いことではないかもしれませんが、政治の中枢や安全保障上重要な産業に工作活動が浸透することをこれまで以上に警戒する必要があります。日本では外国人投票権を与えろという愚かしいことを考えているヒトたちがいます。これでは、日本の政治や政府はひっくりかえってしまいます。台頭する中国は、今日の国際社会の最大の台風の目であり、世界中の関心を集めています。台湾は中国の現実の姿を最も深く理解しており、全世界に伝えていく存在であってほしいと思います。台湾はその最前線にいますから、その際、中国について故意に否定的な面を広める必要性もありません。正確な姿を世界に伝え、台湾ならではの、するどい見識を世界に示していくことが台湾のグローバルな存在感を高めるものと考えます。その点からも、対中国と交流を深めていくと同時に、日本と緊密な関係を構築していくことは極めて重要なことと思われます。台湾は中国とは仲良く、日本やアメリカとは親しく、強い意思で政策を展開し、国家として超然たる存在であるべぎであります。



 台湾の人々自身にとってさえ、台湾は何処に向かうのかはっきりしなければ、世界の人々にとって台湾の存在は曖昧なものになることは避けられません。世界の中における独立自存の台湾の自画像を描き、それを力強く実践していくことこそが、今日の台湾の指導者に求められる最大の責務だと思います。今こそ台湾は1990年の思想に戻り、思考、理想、願望、民を我が子のごとく愛することを合言葉に台湾の行く末を真剣に考えるべき時なのです。経済的な利益のために台湾人の魂まで捨ててしまうのは愚かなことです。力を結集し、台湾を護り、希望を抱き続けましょう。



 最後に、目前の危機を克服するにはなにが必要なのか方法を考えなければなりません。先日の26日に、台湾基督長老教会総会が新宿で国際会議を開催しました。「台湾危機と転機、教会の使命と責任」を会議の主題として、現在の馬政権が全面的に中国に傾斜する政策をとることは台湾に非常なる危機を与えるものであるとの結論に至りました。私はこの会議に参加し、そして演説するよう要請を受けていました。私は具体的な建議を以て、台湾の民主制度はかなりの欠点がありますが、まだまだ十分なる方法で目前の危機を救うことができると述べました。台湾の民主制度はやっぱり存在している。それは何かというと、結局、結論を言えば、4年経てば総統を選び直さなければならないということです。2012年に総統の改選が行われます。これが台湾の転機です。好転する時期です。この目標を達成するためには、人民は大団結して、今週の土曜日に行われる5つの直轄都市の選挙に勝利して、馬を捨てて台湾を護りましょう、というスローガンを訴えました。これが結局、目前の台湾を救う唯一の直接行動であると訴えました。全員で団結し、行動しましょう、と。最近は夜が忙しくて、あちこち講演しまわっていて、応援をやっています。5大都市さえ勝てば、何を意味するかというと、もう馬総統は国民党内部においては総統の候補者になる可能性がないのです。そうすると、次には馬がなくなって、台湾には誰かが出てきて新しい総統になって、台湾をやり直して行く、台湾の危機を救うことができる、というような意味の話になるわけです。そう訴えるからには、努力しなければなりません。ここ2~3週間は忙しくて、本当は皆さんにお話ししたいことがたくさんありますけれども、なかなか用意する時間もなくて、準備できておりません。今日は皆さんから色々な問題がでてきておりますから、それに答えていきたいと思います。

 野口さん(参加者)から出た質問ですが、「今回の講義に際しまして、迷走する日本の政治について、どのような最高指導者の条件が求められるのかご教示頂きますよう願います」という質問を頂いています。実を言うと、日本の指導者というのは、内閣総理大臣なんです。その総理大臣たる者が、私に言わせると、人民と国を愛していない。これが基本なんです。私はそう思っています。指導者となるためには、人民を我が子のように可愛がっていくという気持ちがなくてはいけません。そして、可愛がっていくためにはどうすればいいかというと、「私は私でない私」「私は日本のために生きているのだ」という気持ちが必要です。私は今年の12月で90歳になります。私はあと何年生きるか分かりません。しかし、国の為にはこの命を捧げなければならない、と今も考えています。今は戦争が起きているわけではありませんが、結局、この命をもって一生懸命やらなければならない、と思います。登山家野口健さんと話した時に、彼に伝えました。「同胞愛なき政治家は国を滅ぼす」と。今の日本に必要な指導者の条件は何か、結局、同胞愛なのです。愛国心がなければ、ダメなのです。だから、修学院で愛国心を高めるという教育活動を展開しているということは、日本精神からいってもあるべきものだと私は思っています。



 次には、久保田院長からもご質問を頂いていますので、簡単になりますが、返答させていただきます。「今回、中国との間で尖閣問題が生じましたが、日本は中国に対してどのような対応をすべきだったのか」という質問です。日本は、私が先ほど申し上げたように、日本の作家である武者小路実篤が言ったような考えを持っていないことが問題だと思います。「君は君、我は我、されど仲良き」という姿勢で、「けじめ」をつけて、中国とつきあっていかなければならないのではないでしょうか。国を売るようなマネをしないことです。これが基本的な問題です。それに、日本が今回の尖閣列島で一番困ったことは何かというと、日本の憲法は第9条において自衛隊を国家の軍隊と認めていないということです。国を護るために軍隊が積極的に出られないという立場、それは結局、日米安保条約によって規定されています。日本は民主国家として、自由独立国家としてのあるべき姿をそろそろ示さなければならないと思います。その為には、アメリカ使者派遣し、日本国憲法修正し直す、第9条を削除する、正式に国を護る軍隊をもてるようにしなければなりません。



 第二に、「今後の台湾の進む道、対中国政策、台独路線はどうなるのか、経済の自立性は持てるのか」という質問です。台独路線という言葉は存在しません。台湾は台湾として、はじめから中国と違っているのです。沖縄は中華帝国5000年の歴史のなかにおいて、その帝国体制の枠内に入っていた時期もありましたが、台湾は化外の地なのです。モンゴルと同じように、化外の地なのです。中華帝国の中に入っていません。そこら辺に、中国人の認識の誤りがあります。自分で自分の論理を間違えて発言してしまっているのです。今後の台湾の進むべき道は、先ほど言ったように、様々な方法でやり直して行く。やり直すためには、総統を変えなければなりません。総統を辞めさせる為には、今回の5都市の選挙で先ず勝利し、そこから新しい総統の候補者を出して、馬総統を落として行く。これが最も現実的な道だと思います。他に道はありません。この道だけです。中国大陸も、この馬総統に対しては、実をいうと、おかしいと思っているのです。なぜか。彼は自分で自分の矛盾の中に入ってしまっています。彼は最初75%くらいの支持率がありました。選挙の時は57%くらいの得票率を得ました。そのような票数をとっているから、私は台湾を代表しているとの自信を持っています。しかし、最近の状態はひどいものです。20%以下の支持率など、もう国を代表してはいないのです。中国大陸も、このヒトなら、将来、大変困ることになると・・・。ECFAの問題の時、私ははっきり言いました。中国政府は台湾の人民に恨みを残して統一などしたくないのです。ECFAをやめて、台湾とFTAという自由貿易協定という形に切り換えたら、結局、人民との間における関係がよくなるのです。今の総統は時限があるから、こういうような総統に台湾が左右されたくありません。こういうことを北京政府に対しても言ったつもりです。曲がった政策は取り戻す。これは次の総統に頼らなければなりません。台湾の対日政策について簡単に言いますと、台湾と日本との関係というのは、人民と人民との間における心の絆を築き上げることが大切です。50年間における日本の台湾統治は、事実上、台湾に大きな近代化した社会を創りあげました。こういうようなことは、台湾の人々は心の中にしつかりと持っています。最近、私がみていますと、非常に状態がよくなっています。青年のヒト、観光のヒト、経済的な面における関係、例えば日本からできあがった色んな特殊な権利、パテント(特許)、これらがどんどん台湾に入ってきて、台湾との間における関係を創りあげていって、協働的にやっています。日本は資源のない国です。台湾も同じように資源のない国です。資源のない国は何に頼るのか。結局、人間に頼らざるをえません。この人間は何に頼るのかというと、教育に頼るのです。教育によって、色んな人間を培養して、そしてこういうヒトたちが国のために奮闘し、新しい知識産業を発展させていく。色んな所で、新しい権利利得を日本で創りあげていく。これが、結局、日本を救うひとつの方法です。日本は、最近ますます工業が発展しています。工業が発展するということは、なかなか難しいことなんですよ。なぜかといえば、人口が段々と減っていますよね。そして、資源がない。ところが、人間の頭、日本精神がもつ日本人の考え方、これが国際的な面において、日本人のもつ知識産業がどんどん世界をリードしていくことにつながっている。経済成長率や幾らのものが生産されるということよりも、もっと知識産業で世界をリードしていく方法にもっていかなくちゃならないと思います。そして、これが台湾との間における関係を結びつけるのです。

 ここで、こんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、実を言うと、例えば、日本ではLEDがありますが、台湾の技術が三級だとすると、日本は二級か一級になります。どんどん新しいものが出てきます。エネルギーの節約も違う。日本の方がこの前台湾に来て、台湾の色んな工場を見てまわり、正直ビックリしたそうです。台湾の工場ひとつに、博士号を持った人間が150人もいる。修士号をもっている人間も何百人もいる。それに、工場がすばらしい仕組みで作られているのに、ビックリしたという話を聞きました。だから、台湾と日本の間におけるこういう経済的な結びつきを考えた時、台湾にはそれだけの力があるのです。この日本のパテントを持っている方が、大陸へ行ってきて、頭をふって帰ってきました。会社自体に設備もなく、施設の整備がまだまだだと言っていました。日本の最も安全・安定のためには、台湾は生命線でしょう。と同時に、日本も台湾にとっては、非常に重要なひとつの国です。そういう関係性のうえに、人民と人民との間における心と心の絆を築き上げていきましょう。おそらく、戦後において、日本人を最も尊敬しているのは台湾人だと思います。皆さんが、韓国に行ったら、きっと大変ですよ。台湾ほど、親日の国はどこにもありません。これは長い間の歴史の関係です。



 第4番目に、「大陸の人民元が切り下げされた場合の、台湾経済にはどのような影響がありますか」という質問です。この影響に関しては、ECFAをやめない限り、ダメだと思います。新しい総統が出てきて、ECFAを停止する。ECFAの第16条にはこう書いています。「両国の間において、この条約があまり適当でない時は、いつでもこれを停止することができる」という一条があります。だから、私に言わせると、このECFAを停止することなのです。台湾が世界全体に多様に経済貿易ができる形を実現しなければなりません。今一番大事なのは、金融問題なのです。金融と外貨、外貨の変化の問題、これは大変です。ここでまた日本の悪口を言うのはおかしいですが、日本の日本銀行はなにをしているのかなぁ、と頭をかしげることばかりです。先日、みずほ銀行の支店長に会いました。日本人会の会長を務められています。台中日本人学校10周年記念式典に行ってきました。ここは地震で倒れた学校なのですが、直接伺いまして、土地をすぐ与えました。一年間で学校を作りかえたのです。式典に来てくれないかと呼ばれて行ったのです。みずほ銀行の支店長(末長明)にこう聞きました。「末長さん、銀行の利息はゼロで、あなたの銀行のお金はどこから出てくるの?」と。そうしたら、「貯金するヒトはそんなに多くない。安全だから、銀行に預けるのです」と答えました。それは、本音ではないと思います。安全だから銀行に預けるといいますが、家の箪笥の中に入れても安全じゃないですか、そうでしょ。ところが、銀行のもつ流動性から考えて、流動資金と固定資金の利用では、会社はその資金を利息のある定期預金にすることはありません。流動的な形で銀行に預ける。それだけの話なのです、本当は。先日、同じように日本から研修団が来たときに、その参加者の中に日本銀行の外貨局長がいたのですが、彼にも同じようなことを聞きました。為替が83円にもなって、今後は70円になってもいいというヒトがいます。雑誌を読んでいますと、日本の専門家は、外国の色んな物価があがっていますから、円もあがるべきだ、これは当たり前だと言っています。その時に、金利がゼロになっているのも構わないという考えを持っています。私はおかしいなぁ、と思います。理論的にも、実際的にも、銀行のお金はどこから来ますか?日本人は世界で一番個人的に個人資産を持っています。個人資産を、国のひとつの資産として、利用できないような金融システムは改めなくてはならないはずだと思います。これは余計なことになりましたけど、解決方法はあるのだということです。解決に向けて着手しはじめなければ、日本は大変な状態になります。私の話は、これで終わります。あまり深入りすると、間違ったように誤解されますけれども、結局は、制度の問題なのです。日本銀行は内閣とは関係がない。理事会が勝手に政策を決めているだけです。こういうようなシステムでは、日本は国全体として政策を引っ張っていくだけの力が出てこないでしょう。これで終わります。ありがとうございました。



(その後、質疑応答が30分以上に渡りました)

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2010.11.29 (Mon)

台湾の五都選挙に関して。選挙結果をまとめて。

以下に、簡単に選挙結果をまとめました。

ちなみに、僕たちが台湾旅行中に選挙事務所を訪れた陳健銘候補は当選いたしました。



個人的に、注目したのは、高雄市議会選挙でした。

横領等の疑いで収監中の陳水扁総統の息子である陳到中が高雄市議会議員選挙で32,947票をもってトップ当選したことは注目に値する気がします。





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台北市

郝龍斌 得票数 797,865票 得票率 55.65%  中國國民黨 博士号あり。

蘇貞昌 得票数 628,129票 得票率 43.81%  民主進步黨





新北市

朱立倫 得票数 1,115,536票 得票率 52.61%  中國國民黨 博士号あり。

蔡英文 得票数 1,004,900票 得票率 47.39%  民主進步黨 博士号あり。





台中市

胡志強 得票数 730,284票 得票率 51.12%  中國國民黨 博士号あり。

蘇嘉全 得票数 698,358票 得票率 48.88%  民主進步黨 修士号あり。





台南市

清 得票数 619,897票 得票率 60.41%  民主進步黨 修士号あり。

郭添財 得票数 406,196票 得票率 39.59%  中國國民黨 博士号あり。





【高雄市】

陳菊   得票数 821,089票  得票率 52.8%  民主進步黨 修士号あり。

黃昭順  得票数 319,171票  得票率 20.52% 中國國民黨 修士号あり。

楊秋興  得票数 414,950票  得票率 26.68% (民主進步黨-分裂選挙) 修士号あり。





【市長選挙に関する政党得票数・率】

民主進步黨 3,772,373票 得票率 49.87%

中國國民黨 3,369,052票 得票率 44.54%


台北市市議会選挙】

①第1選挙区-陳建銘が出馬した選挙区

莊瑞雄(男)  得票数 34,250票  得票率 11.5%   民主進步黨 博士号あり。

素如(女)  得票数 29,093票  得票率 9.77%  中國國民黨  博士号あり。

潘懷宗(男)  得票数 25,600票  得票率 8.6%   新黨      

吳碧珠(女)  得票数 23,253票  得票率 7.81%  中國國民黨

林瑞圖(男)  得票数 19,815票  得票率 6.65%

陳政忠(男)  得票数 18,733票  得票率 6.29%          修士号あり。

吳思瑤(女)  得票数 17,528票  得票率 5.89%  民主進步黨

陳建銘(男)  得票数 17,136票  得票率 5.75%  台灣團結聯盟  博士号あり。

何志偉(男)  得票数 16,433票  得票率 5.52%  民主進步黨  修士号あり。

陳碧峰(男)  得票数 16,367票  得票率 5.5%   民主進步黨

黃平洋(男)  得票数 15,618票  得票率 5.24%  中國國民黨

世宗(男)  得票数 13,345票  得票率 4.48%  民主進步黨  博士号あり。





【市議会選挙に関する政党得票数・率 -全国】

中國國民黨    得票数 2,890,154票 得票率 38.63%

民主進步黨    得票数 2,643,828票 得票率 35.34%

親民黨      得票数 151,661票 得票率 2.03%

台灣團結聯盟  得票数  126,359票 得票率 1.69%

新黨       得票数  95,050票 得票率 1.27%

黨       得票数  24,650票 得票率 0.33%

制憲聯盟     得票数    188票 得票率 0%

台灣民意黨    得票数    138票 得票率 0%





【市議会選挙における政党ごとの議席獲得数】

中國國民黨  130議席

民主進步黨  130議席

無黨籍    45議席

親民黨      4議席

新黨      3議席

台灣團結聯盟  2議席





里長選挙における政党ごとの当選者獲得数】

無黨籍     2341名

中國國民黨  1195名

民主進步黨   220名

中華統一促進黨 1名


里長選挙における政党得票数・率】

中國國民黨     得票数 2,344,423票  得票率 32.99%

民主進步黨    得票数  476,088票  得票率 6.7%

中華統一促進黨  得票数   1,912票  得票率 0.03%

黨        得票数     964票  得票率 0.01%

親民黨       得票数    208票  得票率 0%

台灣團結聯盟     得票数     85票  得票率 0%






今回の選挙は、国民党の勝利でおわったが、果たして本当に馬政権・国民党の勝利であったのでしょうか?



勝利は勝利ですから、今回の選挙結果は馬政権にとって、ひとまずデッドラインを超えることはなかったということでしょう。今回の選挙は次回の大統領選挙にも直結しているとも言われていましたから、馬英九総統にとっては、とりあえず首の皮一枚で候補者として次回選挙に出馬できるチャンスを維持したとも言えます。



しかし、得票率で民進党が国民党を上回ったこと、馬総統への国民満足率は低下の一途をたどっていること。この2点を踏まえたとき、今回の敗戦で考察できることがあるような気がします。





① 蔡英文が総統候補になる可能性が高いこと。



彼女は民主進歩党再建の中継ぎと思われていました。しかし、これまで、多くの選挙・補選で勝利を着実に勝ち取り、党の再建を成し遂げたと評価してよいと思います。彼女はただの中継ぎから、優れたトップリーダーとなったのではないでしょうか。まだ学者肌的な彼女への不満は党内党員にあるようですが。彼女が女性総統になる可能性があります。なぜならば、台北市長選挙で敗れた陳水扁が、見事、総統となったことが前例であるからです。彼女が総統となれば、女性総統としての価値だけではありません。李登輝政権時代に大陸と台湾は別国家であるという「二国論」を作り出したのは、彼女であったことを思い出せば、その意味はより深いものになってきます。つまり、台湾新時代を作り上げていくうえで、最も適した人物であると指摘できる気がします。






しかし、今回の選挙結果で、台湾が中華人民共和国に飲み込まれる既定路線に入ったと嘆き悲しむ人達もいます。この結果が台湾人の民意なのですから、台湾人たちの判断を否定誹謗中傷するのは間違っている気がします。



決して、ぼくは反国民党ではありません。国民党内に多くの友人・知人がいます。交流を続けています。ぼくが知っている国民党の友人たちは、台湾を最後まで護り、発展させていく気概を持っています。国民党もまた生まれ変わろうとしていますし、党内が馬総統のやり方に完全に同意しているかといえば、それは真実ではない気がします。



一方で、民進党とも交流をしています。昨週、台湾に行ったときに、台北市の蘇候補の選挙事務所を訪れました。その後、民主進歩党の本部へと挨拶しに行き、李登輝元総統へも会いに行きました。お昼ごはんを食べているときに、蔡代表のスポークスパーソンをつとめた蕭美琴さんなどが訪れてきてくれました。





今回の選挙は、国民党か民進党を選ぶ選挙ではありません。

ふたつの意味があったと思います。

ひとつはもちろん、地域住民たちにとって利益となる政治家を輩出すること。

もうひとつめは、『台湾の未来のために馬を乗り捨てるかどうか』だった気がします。この意味で、五都の市長選挙は大きな意味を有しているのだと評価している人達がたくさんいるのだと思います。



ぼくは日本人です。なので、台湾の政治には介入できません。しかし、台湾は日本にとって生命線であり、運命共同体です。だからこそ、台湾の未来に関心があります。



台湾に民主の精神が生き続けていくことを、台湾の友人・隣人として願ってやみません。
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2009.11.06 (Fri)

台湾美術展に招待いただきました

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台湾大使館よりご招待をいただきましたので、大崎のO美術館での台湾美術展のオープニング式典に伺わせていただきました。

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記念撮影に一枚☆

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オープニングの式典には、こんなにたくさんのヒトたちが来ていました。
最初は会場の場所が分からずに、随分悩み、ちょっと冷や汗ものでした。

このイベント内容を紹介するのに、会場でいただいた展示会の企画本に書かれていた大使の御挨拶文がとても簡潔に、そして丁寧に企画の意図を説明してあると思いましたので、ご紹介させていただきたいと思います。

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わが国政府は、台湾と長い交流の歴史をもつ日本との友好関係をさらに深めていくために、2009年を「台日特別パートナー関係促進年」と定めました。この記念すべき年にあたり、このたび台北駐日経済文化代表処(大使館)は、国立台湾芸術大学との共催により、品川のO美術館で「第4回台湾美術-現代の旗手5人展」を開催する運びとなりました。

今日、世界の情勢はグローバル化が加速し、国際社会は地球環境問題や安全保障問題など、世界共通のさまざまな課題に国境を超えて取り組む時代を迎えております。社会は激変し、多様な価値観が生まれる今日にあって、台湾と日本の相互理解を図るために芸術を通して文化交流が促進されますことは、誠に意義深いことであると思います。

台湾の現代美術は、中華文化に深く根ざしながら、日本をはじめ欧米諸国の絵画芸術を吸収し発展を遂げてまいりました。その歴程は、試行錯誤を繰り返しながら様々な挑戦に果敢に挑み、独自性の主張へと向かう軌跡であったと申せましょう。

(中略)

文化は民族の生活経験の累積であり、芸術は文化の精華を示すものであります。亜熱帯風土のなかで形成された台湾の絵画芸術を通して、日本の皆様が東アジアに位置する台湾の歴史と文化に触れる好機となるよう心より願っております。

(以下略)

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台湾と日本の深いつながりを示し、芸術という文化の本質を示した文章としてとてもきれいなものだと思います。今回は4回目、来年は5回目になりますね。台湾と日本の双方の官民が交流を深めていき、両国の発展につながるように願ってやみません。

とてもよい企画でした。
携わった方々、お疲れ様でしたm(_ _)m。

@だいすけ。
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2009.09.06 (Sun)

李登輝元大統領が語ったこと。

20090906182605


箇条書きになりますが、東京青年会議所さんが主催された新日本創生フォーラム「この国に誇りと希望を」の内容をレポートさせていただきたいと思います。録音等が禁止されていたために、ぼくの聞き間違い・理解違いがあるかもしれません。個人的なメモ書きなので。そのときは、ご指摘お願いいたします。
(たぶん、全文載せておられる団体があると思います)

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【第1部 李登輝氏講演 内容要約】

・今回の講演の目的は、日本人の若いヒトたちに、日本精神を呼び起こしたい、という想いから、講演の依頼を受けた。
・今後、日本に二大政党制が定着するかどうかは、鳩山民主党にかかっている。国民の生活の安寧を第一にやって欲しい。
・日本は他国に尊敬される外交を。米国機軸の同盟、節度ある大陸中国との外交、そして主権独立国家としての誇りある世界諸外国との外交のいずれも重要である。
・現代日本への課題解決には、坂本竜馬の功績に求めることができるのではないか。そのため、私の講演は、坂本竜馬の第一の功績である「船中八策」を借りる形で行いたい。
・明治維新を動かした志士たちは、そのほとんどが30代の青年たちであり、彼らは立場・意見を超え、みな政治改革にひた走った。青年たちはただ血気にはやったのではなく、みな国家のことを想い、政治を真剣に考えていた。
・総統時代、台湾の改革に邁進する私に「脱古改新」の政治文化を坂本竜馬が教えてくれた。
・明治維新は、東西文明の融合をなし、近代国家としても転換するための政治改革であった。第二次世界大戦後も、日本は経済復興できた。しかし、現在の日本の社会は閉塞状況にある。いまこそ、明治維新にならい、平成維新を起こすべきではないだろうか。
・いまから、坂本竜馬の「船中八策」にならい提言することは、心ある友人からの一言として聞いて欲しい。


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【李登輝氏提言 内容要約】

1.
一部の政治家・官僚・企業が、「既得権益」をむさぼっており、官僚制政治を招いている。そのため、日本の総理は、リーダーシップが弱い。国民の直接的な選挙で総理が選ばれているわけでもなく、また世襲議員が多い政界では、天下のことを想い、国を変えていこうという意思をもった者が政治家に出にくい状況になっている。国民主権の政治の本質を見極めねばならない。国民の支持背景がないから、政治力もない。そのため、日本は他国からの支持や尊敬もないのである。

2.
都道府県制度という国家の形が、官僚制政治のもとで閉塞状況に陥っている。地域の志ある、力あるリーダーに活躍の場がない。地域主権型道州制を構想するように、国の形を新しく創りなおしていくべきではないか。地域主権の発想を起こすべし。

3.
日本の高い精神文化の育成が、日本の教養教育にはあった。日本の美意識や、徳性の高さを復興するためには、戦後民主主義や米国占領下で定められた教育制度を改革していくべき。かつての、また本来ある日本型教育制度に変えていくべきだ。

4.
現在の日本外交は、敗戦からの自虐的意識から、健全な外交ができていない。世界中から嘲笑されている。アメリカや中国への無条件な屈服は、日本の国力からかんがえれば、正常ではない。「君は君、我は我、されど」と武者小路実篤が言ったように、節度ある付き合いをしていかなくてはならない。それは台湾でも言った。中国の将来には不確実性があるからである。今こそ、日本独自の気概をもって、堂々とした外交を展開すべきである。

5.
国の基本法かる憲法をどうするかは、現在の日本の課題。たとえば、自衛隊などは米軍のいいように使われている。気骨なき政治家ばかりで、アメリカに「No」が言えない。日本再生のためには、憲法改正しかない。国民の間でも、選挙でも、憲法問題が本格的に論じられていない。憲法問題に対する無意識が、日本人のアイデンティティーの喪失を招いている。

6.
多極化する世界秩序のなかで、東アジアにおいて、いまだアメリカの負担が大きすぎる。日本はどのような役割を担うのか。将来的に日本はどのような安全保障政策を構築していくのか、改革していくのかを考えなければならない。

7.
台湾には民主化の反動が起きている。台湾アイデンティティーに逆行して、中華アイデンティティーが侵略している。馬英九政権は、国民の側にたっていない。日本のためにも、台湾のためにも、この両国の交流は促進していかなければらない。東アジア共同体を構想する前に、くずれつつある日台関係の修復を日本政府は行って欲しい。地政学的にも、台湾は日本の生命線である。

8.
日本が失われた10年を経験した理由は、日銀などの金融政策当局がの失策にある。インフレターゲティングや積極的な財政出動をすべきである。また、莫大な個人資産を、きちんとした形で市場に流れるシステムをつくらねばならない。年金や医療を、安全、安心なものに改革すれば、日本の金融資産の大部分を所有する高齢者は、その資産を市場に流すだろう。


政治は常に改革されていなければならない。現在の日本は、明治維新についで大改革をしなければならない時期だと考える。


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【李登輝氏と東京青年会議所理事長との対談 内容要約】

Q1
昔の若いひとたちと、現在の若いひとたちとではどう違うのか?李登輝先生の体験にもとづいてご意見を。
A1
私は名古屋で終戦を迎えたが、その後、広島や長崎を見てまわり、いろいろな若いひとと日本の将来について語り合った。再び来日したのは、池田内閣の時代。当時の日本の経済成長には、学ぶべきものが多かった。しかし、日本には軸がなくなったように思えた。魂の犠牲が多かった。結局、アメリカの占領を経て、自分の軸をもてなかったために、自分で物事を考えることができないのである。いまの若いひとたちはも、自分たちの力の強さに気づいていない。

Q2
日本の伝統が、世界の常識とあわなくなったことはあるのか?
A2
戦前までは、日本は他国の文化を融合し、そして新文化を創造していたが、戦後からは他国の知識や哲学の押し付けを偏重的に受け入れている。

Q3
ご自身が受けていた教育哲学とはなにか。
A3
いま、日本の教育をみていると、昔のような精神教育が復興しはじめているような気がする。20世紀の「科学の心」は、表面的なものにしかすぎない。内務的自己精神こそが、日本精神ではないだろうか。私が学徒出陣の際に「歩兵(部隊)に配属させてくれ」と願ったのは、苦しさを味わうことに進み出たのは、社会や国家のために役立ちたいと考えたから。

Q4
心と体のバランスをとるためには?
A4
人間は、自身の絶対性を求めるが、現在の科学的な教育で育てられた若いひとの間には、空虚なものがみちあふれていると思う。

Q5
「公義心」をどのように育てるべくか?
A5
まず必要なことは、リーダーが国を背負っていくという強い意志表示が必要。リーダーが公義心をもっていれば、民はついてくる。「私ではない絶対なるもの」は、私の場合は信仰だが、日本精神につながっているものでもある。世の中には指導者になりたいひとは沢山いる。どのような社会単位にも、リーダーは必要。成功する指導者だけがいればよいのではない。社会全体が指導者を育てるシステム作りをしていくべきではないだろうか。

Q6
「個人の権利」と「公義心」のバランスをとるためには?
A6
国が発展していくためには、国の将来の方向性を考え、示していく必要がある。これには個人の主体性と国の主体性を一致させていく必要がある。それは、リーダーに最も必要とさせられていることである。

Q7
これからの日本人は、これからの日本を、どのように切り拓いていかなければならないか?
A7
自分は何者か?自分は何をしなければならないのか?これらをひとりひとりが考えていくことが、日本創りのスタート地点と考える。

Q8
これからの日本を担う人たちに最後のメッセージを。
A8
「日本人でない日本人」の私からの最後のメッセージは、坂本竜馬のように「新しい日本人」が出て、日本を創り変えていって欲しいと思っています。

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Lancers.jp
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2009.06.13 (Sat)

台湾の行政構造改革の成否が

日本の将来を左右しかねない、と思っている改革があります。

これは日本では一部で(本当に一部ですが。台湾の行政改革の話題なんて、日本のマスコミはニュースにしませんから)、『台北都構想』と言われている議論です。

台湾の行政構造とは、日本の内閣にあたる行政院と、地方自治法に定められている市(これも政府直轄の市と、独立行政区の市があります。台北市や高雄市がそうですね。)やその他地方自治体で構成されています。これら地方自治体の“格付け”は、人口によって定まります。

現在、議論になっているのは、『市合併論』です。

いくつか議論に性格分けがあるのですが、ひとつは政府直轄の市やその他地方自治体が合併して、独立した行政体になろうという議論です。具体的にいえば、淡水周辺の自治体が合併し、より強大な力をもつ新『淡水市』になろうとしています。行政構造の合理化は、あるひとつの改革の方向性だと思いますので、それ自体を否定しませんが、しかし、重要な問題はこの合併論が首長選挙をかけた与野党の駆け引きになっていることです。

政権奪取以降、まだ反国民党系のマスコミ調査などをみても『政策実現力に期待できる政党』として期待値は大きいですが、それでもやはり、馬英九大統領をはじめその支持率は落ちています。
(それでも政権を保てている理由はやはり、台湾国民の民進党への落胆の大きさと、馬英九大統領の潔癖性なんだと思う。民進党の支持者にインタビューしても、なぜか馬英九大統領の金銭的な潔癖さをだれも疑っていないから、驚かされる。…ぼくはめちゃくちゃ疑ってますが)

地方選挙では負ける可能性も出てきて、さらには前回の立法院選挙で勝った国民党の立法員(国会議員)たちが地方の首長に“転職”するための調整(台湾の与野党は、候補者をたてるときにちゃんと党内予備選挙をやることは日本も見習わなければならないのではないでしょうか?)のために、自治体の合併を行うのであれば、今年予定されている選挙を凍結・延期すべきだと国民党は主張しています。

民進党は、この国民党に対し、『行政改革は行政改革であり、選挙は選挙だ』と批判をし、選挙の通常実施を求めています。

この問題に関しては、日本人のぼくからすれば、民進党のほうが筋が通っているように思います。
民進党はかつて、小選挙区制度改革で自分の首をしめることになりました。今回はその反省ができているのでしょうか?民主主義の原則や精神をおとしめられないことを願います。

そして、もうひとつ。
日本では、『都』構想と認識されはじめているが、台湾全土をより大きな行政構造に変えようという考えです。これは、うえの構想議論とも関係してきますが、台湾全土を4~8の行政体に再編しようという動きです。たとえば、台北市をはじめとする自治体が統合化され、『台北都』となります。この着想は、行政の合理化・統合化という意味からいえば、当然の帰結点ではあるのだけれども、アメリカのメトロポリス制度の設計思想に近いように思われます。だが、よく考えてもらいたいのですが、この動きに近いことを、われわれ日本も同じような動きをしていないでしょうか。

そう、『道州制』です。
台湾は九州とほぼ同じ人口と面積で、その他構造思想も大変似通っている国同士です。

これに着目すれば、台湾の『大都』構想と、日本の『道州制』構想は、リンクしあっていると考えていいのではないでしょうか。

まさに、台湾の行政改革の成否が、日本の将来を左右している!
Lancers.jp
15:01  |  【 想う台湾のこと 】  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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